パーキンソン病、医学書院医学大辞典


医学書院医学大辞典のパーキンソン病に関する用語についての解説の依頼があり、一時、悪戦苦闘していた時期があった。一番困ったことは、Myerson, Abrahamについての解説だった。インターネットで調べたが、最終原稿を送った後に、神経内科という商業誌に、解説があることに気づいた。恩師の一人である高橋昭名大名誉教授に質問しておけばよかったと思った。Kine’sie paradoxaleの解説では、映画『レナードの朝』(ロバート・デ・ニーロ主演、1990)をとりあげた。この映画は名作であり、医療関係者は是非鑑賞しておくべきである。

http://www.cam.hi-ho.ne.jp/la-mer/pro-lena.html

http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD9759/

 

運動減少(症)[hypokinesia]パーキンソン病、パーキンソン症候群で見られる症状。まばたきが少なくなり、無表情となる仮面様顔貌やstarting hesitationと呼ばれる随意運動の開始困難が見られる。歩行開始、立ち上がり、寝返りなどの日常生活動作が障害される。障害が高度になると無動となる。歩行の開始時、足が床にはりついたようになる、すくみ足が見られる。歩行は歩幅が狭く小刻みな歩行で、上肢の正常な振れが減少・消失する。書字は小字症となり、声は単調で言語緩慢となる。パーキンソン病で見られる中脳黒質神経細胞の変性によるドパミンの減少は、大脳基底核視床大脳皮質系の神経回路の淡蒼球内節/黒質網様部神経細胞の活動性を上昇させ、視床神経細胞を抑制し、そこから興奮性投射を受ける補足運動野と外側運動前野の活動を低下させ、それらの領域から大脳皮質運動野への促通の減少をきたし、運動減少をおこすと考えられている。

 

オンオフ現象[on-off phenomenon]レボドパ服用時間、服用量に無関係に生じる日内変動で、レボドパの効いている時期(on)と効かなくなる時期(off)とが、比較的急速に交代して起こり、1日に何回も繰り返す現象をいう。off現象は突然に重篤な無動、筋緊張の低下、不安感で始まり、30分ないし2-3時間続いて急に消失する。on現象の時期には不随意運動を伴うことが多い。その発生機序は未だ明確ではないが、ドパミン受容体の関与やレボドパの吸収の変化が考えられている。この現象が出現したら、使用量を次第に減量してから、1-2週間中止する休薬日drug holidayを設ける。その際、症状が悪化するので、他の抗パーキンソン剤(ブロモクリプチンなど)を用いる。レボドパを再開する時には、少量から始め、漸増する。

 

すり減り現象[wearing-off phenomenon]パーキンソン病の治療開始数年間はレボドパの13回内服で症状の改善が得られていた症例で、その効果持続時間が短縮し、血中濃度の変動に伴って症状が変動する現象である。up-down現象、 end-of-dose deteriorationとも呼ばれる。症状の悪化時には仕事の遂行が困難になる。この現象の診断は医師が患者にレボドパの服用時刻とoff現象の発現時期と、次の服用で症状改善(on現象)が発現するかを確認することによる。病勢の進行により黒質線条体ドパミン作動性ニューロン末端で生成、貯蔵されるドパミン量が低下することが主因で、レボドパの吸収やドパミン受容体の関与も推定されている。この現象の対策として、レボドパの少量頻回分割服用、ブロモクリプチンまたは塩酸セレギリンの服用や低蛋白療法が行われる。

 

側方突進(現象)[lateropulsion]パーキンソン病患者の立ち直り反射または姿勢反射障害を調べる神経学的検査に突進現象試験pulsion testがあり、立位を保持した状態で胸部あるいは肩を側方から押すと、正常では上体をそらせたり、抵抗して立位を保つことができるが、パーキンソン病では転倒しやすい。実際の場面では、患者の横に立ち、「これから、軽く横へ押しますから、倒れないように踏ん張って下さい。倒れそうになったら、こちらが支えますのでご安心ください。」と指示してから、検査を始める。前方、後方、側方へ押すとそれぞれ、前方突進(現象)antepulsion, 後方突進(現象)retropulsion,側方突進(現象) lateropulsionと呼ばれる。なお姿勢反射障害とは姿勢の保持障害および、外力に対して姿勢を立て直すことの障害である。

 

マイアーソン[Myerson, Abraham 1881-1948、リトアニアアメリカ]Tufts医科大学の神経学教授、Harvard大学の精神科の臨床教授、Boston州立病院研究所長などを歴任。フロイトの性理論や精神分析的手法を批判した。精神医学の将来を1947年に「25年後には生化学、生物物理学、薬理学的治療が中央舞台にたち、遺伝的、社会的関係を持つ精神医学の社会的側面が基本的に重要である。」と予言した。マイアーソン徴候で知られる。

 

マイアーソン徴候 Myerson sign ]ハンマーを患者の眼より高く保持し、患者に見せないようにして、眉間を1秒間に1回くらいの割合で連続的に軽く叩打すると、眼輪筋の反射性収縮が叩打に応じて見られる現象を言う。パーキンソン病の特徴的所見のひとつである。正常では、5-6回まで眼輪筋の収縮は続き、それ以後減弱する(慣れhabituation)。眉間の叩打による眼輪筋の収縮は瞬目反射(blink reflex)または眼輪筋反射(orbicularis oculi reflex)と呼ばれる。

 

矛盾運動[Kine’sie paradoxale1921年、Souques Babinskiらにより記載され、パーキンソン病の経過中、著しい無動を示す状態で、特殊な状況下(火事などでの非常事態)やある種の刺激により突然無動から脱し、正常に近い動作が可能になることを言う。この現象は映画『レナードの朝』(ロバート・デ・ニーロ主演、1990)で描写されている。すくみ足が出現して歩けない時に、足元に障害物や進行方向に棒や床の模様を示すと、突然これを跨ぐことができ、歩行を開始できる。これは視覚刺激による矛盾運動であるが、メトロノームによる聴力刺激(約1Hzのリズミカルな音刺激)が有効なこともある。この現象は意図的随意運動の開始が障害されているにもかかわらず、外来刺激に対する反射性の自動運動は正常に保たれているという逆説的な現象であると解釈されている。

 

無動症候群[immobility syndrome]無動は主に動作が緩慢になることを指すが、無動が主たる原因になっている症候は多い。無動は日常生活動作の障害として現れ、自覚的には同じ動作の継続困難、不器用さなどと表現される。例えばボタンがけ、紐結び、箸の使用などの指先の巧緻動作が緩慢になる。洗面、トイレ、着衣、食事などの動作に時間がかかり、部分的に介助を要するようになる。寝返りが困難となり、起立動作の緩慢化、歩行時の手の振りの減少、歩幅の狭小化、すくみ足が見られる。書字では字がだんだん小さくなる小字症が見られる。声量が小さく、抑揚のない発語となり、咀嚼や嚥下機能も低下する。また、仮面様顔貌、瞬目の低下が見られる。思考などの精神機能の緩慢化が現れ、精神緩慢bradyphreniaと呼ばれる。大脳基底核の出力系の低下が無動の原因であるが、単に運動系だけでなく、情動系の関与も想定されている。

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脳神経内科専門医 neurologist
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