中野次郎、寺脇研、大平光代

10月3日中野次郎:日米大学医学部教育制度の比較、いずみ 5:4-5、2000

「マスコミに煽動された国民が、いろいろな医療過誤の問題や治験の不透明な問題が起こると、医師に対する不信感が頻発してくる。特に最近の教授や学生の倫理的な不正事件に対して、大学当局を糾弾し、医学部の入学試験の方法のみならず医学教育全体に対する批判が叫ばれている。

政府、金融機関、ゼネコン等の酷い不正事件に比べて、医療関係の不正事件は、以前よりも増加してきたとは思わない。医師の質を規定するマスコミの情報収集方法が強化され、広く暴露されてきたことが増加の原因であろう」

三重大学の事件に関与した元医学生は今春、三重大学よりレベルの高い難関国立大学医学部に合格したことが、週刊朝日に書かれていた。一発で合格するとは、かなり優秀で死の物狂いで勉強したのだろう。未成年時代に殺人を犯した人間が、その後更正して弁護士になったという内容の記事を文芸春秋で読んだことがあるが、いたしかたないことであろう。彼らはどん底を経験し、反省し、何かを学びとったに違いない。

僕が研修医のころにも医療事故を起こした医師がいたが、表沙汰にはならなかった。最近では内部告発があるし、現在ではどんな些細なミスでも、院長に即座に報告するように指導が最近あったばかりだ。

「政府、マスコミ、国民は、医学生を含む全ての医療関係者を批判する反面、医師の職業のみならず医学教育の現状を十分把握していない。特に、米国に比べて、国民全体、特に政府は近代医学教育の複雑性と、それを満足に遂行するには多額の予算が必要であることを理解せず、大学医学部に経済的に貢献することを軽視している」

(中野次郎:前掲論文から引用)

医大の図書館へ行って驚いたことには、臨床系の外国雑誌の購読がほぼすべて中止になったことだ。神経内科関係でも、Neurology, Ann Neurol, Arch Neurol, Brain, J Neurol Neurosurg Neuropsychiatryが本年度から購入中止になった。図書館の担当者に理由を聞いたら、文部省の図書購入費の予算が削減されたからとの返事であった。また、大学院大学が旧一期校で認められたが、それらの大学医学部への予算は増強したが、新設医大の後発校の当大学は厳しい事情になってきている。

ときどきマスコミに出ている寺脇研氏は、当大学の看護学科の開設記念講演で次のようなことを述べた。

「現在、医者の数は過剰気味で、医科大学の数も多すぎるので、少なくする方向で検討がなされている。この地方では人口が少ないのに三つの県で併せて国立大学が三つもあるのは多すぎる。一つで十分である」(富山・石川・福井県)

「今、転職する人が、多くなっているが、医者が看護婦になったということは、いままで聞いたことはないが、今後そういうこともできるようなシステムを考えたほうがよい」

これを聞いて、僕は切れそうになった。僕が留学していたアメリカでは、看護婦が医者になれるシステムはあるとは聞いたことがあるが、医者が看護婦になるシステムは聞いたこともないし、彼の提案は目茶苦茶で医者を侮辱するものと思った。彼は最初から医者を見下したような話をした。

また、ある雑誌で八木秀次氏が、『日本の教育を牛耳る寺脇研の正体』というタイトルで次のようなことを書いていた。

文部省大臣官房政策課長文部省が打ち出した方針(平成十四年、新学習指導要領):

「ゆとりの中で生きる力をはぐくむ」

八木氏は寺脇氏の著作をほぼすべて検討した結果、寺脇氏が文部省内の世論をリードしているのではないかという感想を抱き、まるで彼個人の経験や思想に基づいて次の教育改革が行われているのではないかと思ったと述べている。

寺脇氏の経歴:生涯学習振興課長補佐、生涯学習企画官を経て、平成四年、初等中等教育局職業教育課長(高校総合学科の創設、職業高校の活性化、中学校における業者テストの廃止などの偏差値教育を追放、マスコミでは「ミスター偏差値」の異名をとった)、平成五年十二月〜八年三月、広島県教育長(高校入試制度の改革)、平成八年四月、文部省高等教育局医学教育課長(大学医学部の入学試験のあり方を偏差値から人物重視へと転換するよう指導)、平成九年、生涯学習振興課長、平成十一年、現職

話はそれるが、科学(岩波書店)の最新号の巻頭言では、平成十四年、新学習指導要領を中止せよとの主張がなされていた。中学の英語の必須単語数が100語だけになるのだ。私立校がますます繁栄するだろう。

また、最近出版された本、『「超」発想法』(野口悠紀雄著、講談社)の第9章で著者は次のように述べている。

「「知識詰め込み教育を排して創造教育を」という意見が多い。しかし、創造のためには知識が必要である。独創的な仕事をした人たちは、博識でもあった」

「詰め込み教育を排してゆとり教育を行なえば、学力が低下するだけのことだ。これによって創造力が涵養されることにはならない」

ところで、野口氏はインターネットの教育など必要ないと述べていて、三好万季さんの論点に真っ向からの反対の意見なのだ。

「より本質的理由は「インターネットでは細切れの情報しか得られない」ことだ。(中略)今後の社会において必要とされるのは、そうした細切れ情報ではなく、それらの価値を評価し、体系づける知識のストックなのである。それをインターネットでうることは、至難の業である」

話を元に戻そう。中野氏は次のように述べているが、このような事実を知らない国民は99%以上ではないかと思う。

「日本の国立大学の有給内科教授の数は大抵4人であるが、米国の大学の有給内科教授の数は、大抵100人を超える。日本には、准教授の職がなく大抵8人の有給助教授があるが、米国では100人に達する准教授並びに100人以上の助教授が拝命されている。その下に働く、講師、教官の数は、日本と米国では比較できないほどの差がある。そのうえ、米国の大学医学部は解放されていて、臨床教授、臨床准教授、臨床助教授の制度がある。約百年前、米国の医聖と言われたオスラーは、「患者にやさしい有能な医師」を育てるのは、このように多くの臨床医学の教授が必要であることを唱道し医学部を改革した。多くの教官がベッドサイドで医学生一人一人に教える以外に医学教育は不可能なのである」

ペンシルベニア大学に僕の後に留学した非常に優秀なS先生が最近、ある大学の助教授を退職し、市民病院の神経内科部長に転任した。彼の所属した講座の教授選に出たのだが、惜しいことに1票差で破れてしまったのだ。その大学の教授の構成は過半数がその大学出身であり、結局その大学出身の医師が教授に選ばれてしまったのだ。落選した彼の業績と教授に就任した医師との業績は雲泥の差だったのだが(追記:その後、彼は名古屋大学環境医学研究所の神経免疫の教授に就任し、現在、大活躍している。先日、東海MS治療研究会で特別講演をしていただいた)。日本の医学部は彼のような優秀な医師を大学に残せないシステムになっている。ただ一人だけが、その講座の教授というシステムは良くないと思う。大学院大学では臓器別の教授を1人だけ選ぶように最近なってきたが、米国の足元にも及ばない。去年、名大の祖父江教授と話したことがあるが、ペンシルベニア大学では神経内科の教授が60人、ハーバード大学では100人いるという話をしていたが、聖路加病院の日野原先生も同様の趣旨の講演を行っている(http://www.medical-tribune.co.jp/special/mt-spe.htm)。

10年前は、当大学では神経内科のポストは講師1人、助手1人だけだったのだ。現在は5人に増えているが、ポストの数が圧倒的に少ないのだ。最近では市中病院の医師を臨床教授、助教授という名前を与えることになってきたが、それだけではどうにもならない。

「私が、国会議員、政府に提言したいことは、忠実に努力して蓄えた人間の収入の多くを所得税や相続税で取り上げることを考えずに、それらによる寄付金、遺産を教育、慈善に寄付する人の家族に税金控除の制度を創設することが大切である」

(中野次郎:前掲論文から引用)

米国では、多くの国民が教育、宗教や慈善事業に寄付する。政府は寄付に対して税金を控除し、寄付を受けた大学、慈善団体がマスコミを介して寄付者の善意を広く表彰する。教授の名前でも、何とかProfessorと寄付した人の名前が冠される。

PSところで、背中に立派な入れ墨をしている女性弁護士の書いた本がベストセラーになっている。

元暴力団妻、入れ墨の女弁護士

先日、テレビで女弁護士の告白というドキュメンタリーを見た。中学時代のいじめが元でぐれてしまって、16歳から6年間、暴力団妻になっていたそうだ。父の友人の度重なる説得で、やくざの世界から足を洗った。両親からは縁を切られてしまった。各種資格試験に合格し、司法書士の試験にも合格した。いじめた子供たちに直接、復讐するのではなく、逆に少年非行を起こした子供たちを立ち直らせるための仕事をしたいということで、弁護士の試験を受けることにした。父親が末期癌だということを知り、彼女は死に物狂いで司法試験に合格するために勉強し、初回の試験で見事に合格した。そして母親といっしょに暮らすことになった。

ある非行少年の少年院行きを何とかくいとめたが、観察期間中に再犯を犯し、少年院行きになってしまった。10人中1人位しか更正できないようなことを言っていた。最後の方で、彼女自身が背中を露出させ、見事というか、立派な入れ墨をあらわにしていた。

元来、優秀な女性だったのであろう。いじめが元で落ちこぼれていった人間が立ち直り、弁護士になり、そして自分のような境涯の子供たちを更正させようとする努力には頭が下がる思いがした。

『だから、あなたも生きぬいて』

この弁護士のテレビ番組を見たことがあったが、映画になりそうな波乱万丈な人生なのだ。その本の中で、彼女が暴力団組長の妻になる前に覚醒剤のシャブのことが書かれていた。最近はC型肝炎陽性の入れ墨の元やくざの患者が入院することがあるが、大平光代弁護士は大丈夫かな?

入れ墨の患者にシャブを勧められる

ところで、研修医になりたてのころ、下記のような経験をした。

僕が研修医で消化器科をまわっていた時、現役のヤクザが受け持ち患者になった。なんと、彼は痔で入院していたのだった。やさしい顔をしていた僕は、その若いヤクザに次のように誘惑されてしまった。

1。シャブは気持ちがいいから、やらないか?(当時、この覚醒剤が世の中に出始めたころで、これを言われる1週間前に週刊誌でシャブの名前を知っていたからよかった)

2。男色も気持ちがいいから、やらないか?

(いや、僕は女の方がいいんですと言ってしまった。まだ、童貞だったが(笑い))

ヤクザの患者はアルコールによる(その当時、B型肝炎ウイルスが発見されたころだった)と思われる肝硬変が多かったように思う。ヤクザの子分は研修医が受け持ったが、親分はさすがに部長が主治医であった。10人位の子分が見舞いに来た時はこわかったが、部長に対しては、親分は頭があがらなかったようだ。

養父の大平さんが贈った言葉

養父となった大平さんが彼女に贈った言葉は、素晴らしい教えであり、皆様にも味わっていただきたい。

今こそ出発点

人生とは毎日が訓練である

わたくし自身の訓練の場である

失敗もできる訓練の場である

生きているを喜ぶ訓練の場である

今この幸せを喜ぶことなく

いつどこで幸せになれるか

この喜びをもとに全力で進めよう

わたくし自身の将来は

今この瞬間にある

今ここで頑張らずにいつ頑張る

京都大仙院  尾関宗園

この本を読んでみるとわかるが、彼女は中学レベルから勉強を始めたのだ。悪戦苦闘しているが、やる意欲があればやれるものだと思った。彼女の猛勉強の様子は下記の文章を読めばよくわかる。

「自宅では睡眠をとる以外は勉強をしている状態だった。朝八時に起床。顔を洗ったあと、朝食の用意をする。その間、基本書の重要なところを朗読したテープをヘッドホーンステレオで聞く。(中略)

そして、眠っている時間以外はすべて、勉強していた。いや、睡眠中も勉強していたかもしれない。考えてもわからなかったことが、翌朝、目が覚めると答えがわかったということがしばしばあった」

marugametorao について

神経内科専門医 neurologist
カテゴリー: 医学教育 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中