ベルツの日記


 2000年3月31日

         ベルツの日記と食欲をそそる顔

前から読みたいと思っていた『ベルツの日記』(岩波文庫)を名古屋の三省堂書店で見つけた。残念ながら、上巻だけしかなかったが。ずっと以前に当時東大神経内科の助教授であった岩田誠先生の「神経学の源流」という講義で、『ベルツの日記』がとりあげられていた。彼は現在、東京女子医大の教授で知性と教養に満ち満ちた先生である。彼はサンペトリーエル病院に留学されたことがあり、フランス語が非常に堪能である。話がそれてしまったが、ベルツは東京医学校(東大医学部の前身)の教授として明治9年(1876年)26歳の若さで来日した。

      彼は自分の容貌にまったく自信がなく、

「一体私みたいな男の所へ嫁入りしようと思うような女がいるのだろうかと反問せざるを得ないのである。少なくとも生理的に食欲が起こるような顔立ちではない。もちろん私よりもはるかに醜い男もいる。しかし冴えない私の容貌やずんぐりした私の体つきを考えると、てんで自信が持てない。」

   この文章で面白かったのは生理的に食欲が起こるような顔立ちの表現だ。僕がペンシルバニア大学に留学した最初の1週間目に校内で東大経済学部の先生に出会った。彼は日航スチュワーデスと結婚していたが、最初は単身赴任だった。僕も最初単身赴任だったので、意気投合して女性をハントすることにした。その時、彼はかわいい外人学生を見て

「おいしそうなねーちゃんがたくさんいるね!」

と叫んだ。僕は東大出身の彼がそんな言葉を発するとは意外に感じた。食欲をそそるような女性、食べてみたいようなアメリカ女性がたくさんいたが、言葉の壁があったので日本人の女性を彼は捜し出したのだ。

  2人組の女性だったが、僕の好みの女性とは異なっていたが、彼は乗り気だった。いっしょに、フィーリーズの野球の試合を見にいくことになった。観戦後、ベテラン・スタジアムを出ようとしていたら、日本人の中年のおじさんが顔をひきつらせて話しかけてきた。

「日本人の方ですか。実は迷子になってしまったのです。日本のプロ野球の審判をやっていて、ツアーで参加したのですが、バスに乗り遅れてしまいました。ホテルの名前もわからないのですが、この球場の近くだったように思います。できたら、車に乗せてもらえませんか?」

   僕らはオーケーし、車を走らせた。適当に車を走らせていたら、彼のホテルが見つかった。車から降り際に御礼と言って、100ドル紙幣をいただいた。ラッキー!4人でレストランへ食事に行った。2 人の女はナースだったが、僕にとって食欲をそそるような女性ではなかったので、一次会で僕は失敬した。東大の先生はかなり好き者らしく、2次会にも行って夜遅くまで飲んでいたそうだ。その後の結末については聞き忘れたが。なお、彼は真夜中に高速道路を逆走してしまったことがあるそうだ。ほとんど、車が通っていなかったので,事故にはならなかったが、警察に捕まってしまった。日本での車の事情や、最近アメリカに来たばかりなどを 説明したら、幸運なことに許してくれたそうだ。

広告

marugametorao について

神経内科専門医 neurologist
カテゴリー: 読書 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中