夫の宿題(遠藤順子著)を読んで


遠藤順子著:夫の宿題              

 大分以前に、NHKラジオ深夜便で聖心女子大学の教授が故遠藤周作氏の闘病生活の話を語っていたが、僕は久しぶりに感動して涙がこぼれた。

       遠藤順子著:夫の宿題1400円(PHP)

遠藤氏は長年、糖尿病を患っていて、そのうち肝臓も悪くなり平成4年9月に腎臓も悪いことが判明した。彼の血中クレアチニン値は4.3であり、慢性腎不全の状態だった。肝臓病が専門のK先生に見てもらっていたが、腎臓が悪いということでA病院に入院した。そこで、K先生からもらっていた薬が腎臓に副作用を来すことを担当医に言われた。そのことをK先生にいったら、冷たく扱われ、その後ご主人が亡くなる3年間K先生から何の連絡もなかった。

「肝臓の専門でいらっしゃる内科の先生が、まさかこれほど内科の他の分野の病気について勉強不足とは思っていませんでした。医者を選ぶのも寿命のうちと、世間ではよく言われておりますが、今のように人間の体を勝手に分類し、◯◯内科と、◯◯内科と、段々と専門が細分化されてしまうと、自分の専門以外のことは眼中になくて注意不足になってしまうのでしょう。それにもかかわらず我々患者の側は、内科の先生といえば、内科のことは一応、何でもわかっていると思ってしまうのです」

コメント:医者を選ぶのも寿命のうちというのは、その通りだと思う。また、あまりにも、臓器別診療などの専門細分化が進むと、自分の専門臓器しか見ることができない極端な医者もいるかもしれない。いろいろな症例検討会や学会に出席して、最近のトピックスなどの情報を仕入れないと、患者の相談には自信を持って行えない。専門分野でも進歩が早いので、わからないことも多い。自分の実力をよくわきまえて、患者を適切な専門家に紹介する必要がある。大学では、ある程度実力がついた若い医者はすべて自分で判断しようとしがちなので、専門外の分野は必ずその道の達人にコンサルトするように指導している。全身を診療できる科である総合診療科が最近、各大学に設置され始めている。

 腹膜透析のオペを麻酔が充分効いてない状態で施行された翌朝、一応の危機は乗り越えて、話せるようになった。

「昨晩、半覚醒の状態の時に、枕元に黒い詰め襟を着た男が二人やってきて、『あっちの方が楽だから、あっちへ行きましょう。行きましょう』と盛んに枕ごと頭を持ち上げるようにするので、『いや、俺はまだすることとがあるから行けない!』と答えたそうです」

コメント:あの世からのお迎えは黒いマントを着た人がくると、僕の受け持った2人のパーキンソン病患者が教えてくれたことがある。僕は薬剤の副作用による幻視だと思ったが、もしかしたら、本当に彼らが来ているのかもしれない。この2人は、その後数週間以内に亡くなったので、やはりそうだったかなと思っている。

 腹膜透析の苦しさ:夜間に5回も2000ccの液を腹膜に入れられ、90分間そのままで排液がうまくいかなかったら、起され、寝返りをうたされる。最後の半年は慶応病院へ転院したが、そこでは、老人には腹膜透析はすすめていないとのことである。

「腎臓専門医の中に、腎臓そのものを治すということを考えている人はほんどないのが現状でしょう」

コメント:奥さんはかなりの医療不信に陥っているようだ(遠藤周作氏のかゆみの原因は他の病院のある高名な皮膚科医に見てもらったら、薬の副作用ということが判明し、その薬を中止したら、まったくかゆみは消失してしまったとのこと)。やはり、医者の患者・家族に対する説明が不十分であったのであろう。          

透析が始まる頃から、遠藤氏のコントロール不能の体のかゆみが出現してきた。

 ”私もなぐさめる言葉がなくて、苦しまぎれに「おそらくこんな辛い経験を貴方がするのは、神様が貴方に『ヨブ記』を書けということよ」と申しました。旧約聖書に出てくる義人のヨブが次々と辛い病を与えられ、吹き出物が体中にできてかゆくてかゆくて、なぜ自分はこんな苦しみに会うのだろうかと悩んでいた。その姿をオーバーラップさせることしか、私には主人をなぐさめる言葉がありませんでした。(中略)

「俺、ヨブを書きたいんだよ。小説ではなく評論の形で」(中略)

以来、主人は愚痴っぽいことはぷつりと言わなくなりました。(中略)

ヨブ記を書くかわりに、身をもってヨブ記を生き、いろいろなものを遺していってくれたと思います。

コメント:ヨブ記はご存じでしょうか?僕がアメリカに留学していた時、ベストセラーになった本のタイトルが, Why Bad Things Happen to Good People ?”ユダヤ人が書いていたように思う。神は克服できないような試練を与えはしないというのが結論だったように思う。仏教では前世、現世、来世という生き通しの命があるという前提で因果応報の教えがある。

         医者の仕事は人の魂と交わること

”主人が願っていたような「心あたたかな病院」を実現させていくのは容易なことではないのです。その意味では主人の提唱したこの運動は、まだまだ緒についたばかりと言えましょう。

  小さい子供がいろいろな栄養をとって、段々大きくなっていくように、医者を志す方々は患者さんたちの人間的な苦しみを栄養として、知識を増やし、経験をつみ、技術を磨いていくのです。この厳然たる事実をよくわきまえておいていただきたいのです。身体と心は別々ではないのです。一人の患者の病いと立ち向かうということは、その魂にまで手をつっこむことでもあります。その意味で医者の仕事は、小説家の仕事や信者の告解をきく神父の仕事とも、共通する部分があると主人も常々申しておりました。

そのような観点に立てば患者は医師にとって、自分たちの医療技術を向上させ、様々な知識を与えてくれる師であるばかりか。同時に「人間とは」ということを教えてくれる師であるわけです”

コメント:良き臨床医は科学者的側面も重要であるが、医師の人間的側面が、良き医師・患者関係を形成するのに重要である。医大の学長が医学部入学者に対して若い時には文学、美術、音楽などの芸術面や宗教、哲学などの方面の研鑽もして、人生観を確立し人間学を学んでくださいということが多い。でも、それらの世界も広く深いので、書物を通して、そして現実の人間関係から少しずつ学んでいかなくてはならない。          

”重症患者を勇気づけることは、実際には本当にむずかしいことでしょう。でも病室に入ってこられたら、「今日は目が活き活きしていますね」でも、「手の握力が今日は強いですね」でも、「空がこんなにきれいだから、今日はきっといい気持ちで過ごせますよ」でも何でもいいのです。(中略)その一言で患者はその先生を信頼するのです。何故ならその言葉は、医師がマニュアルで言っている言葉ではないことが患者にはわかるからです。(中略)でも、医者と患者のそのような人間的な交流なしには「心あたたかな医療」の意味はありません。(中略)

ことにターミナルケアにおいては、死というゴールに向かって、いかに患者と医師とが二人三脚で走っていけるかが最大のテーマなのです。考えようによっては、患者と医師のお互いの質が赤裸々に現れてしまう時期でもあります。それを思うと患者のほうも、元気で生活している間の生き方が、そこに至って出てしまうわけですから、人間一日たりともおろそかには過ごせないと身がひきしまります。”

コメント:医師の発する言葉の内容だけでなく、そのしゃべる雰囲気や表情も患者の医師に対する評価を左右すると思われる。ターミナルケアは難しい面があるが、病名告知が原則であろう。ホスピス病棟が福井市のある病院にオープンしたが、精神科医が担当している。患者の信仰している宗教のお坊さんや神父の講話も必要であろう。

”心おきなくセカンド・オピニオンを聞ける態勢をぜひ作っていただきたい。” (中略)また、患者は主治医の業績、出身校、趣味などの履歴が、入院時にわかれば、その医師たちの人柄なども想像できて、顔を出していくいただくたびに、医師と患者という立場を越えた人間的つながりも得られ、その結果、両者の間に信頼感も生まれるのではないでしょうか” 

コメント:そうかもしれません。

遠藤氏は亡くなる前日に食物を誤飲したため、危篤となり、人工呼吸器につながれた。 翌日、人工呼吸器をはずすことになり、医師から5分ほどお命がおありですと言われ、 口や鼻に入っている管を全部抜いてもらった。

”30秒くらいですっかり管も抜けて穏やかな顔に戻ったなあと思うまもなく、主人の顔は歓喜に充ちた表情となり、まるで体中から光が充ち溢れているようでした。一年前から口があまりきけなくなり、もっぱら手を握りあうことで、主人の意思や今やってほしいことなどを判別する習慣がつづいておりました。

  臨終の時も主人の手を握ったままでしたが、主人の顔が歓喜に充ちた表情に変容した途端に、「俺はもう光の中に入った、おふくろにも兄貴にも逢ったから安心しろ!」 というメッセージが送られてきました”

 

コメント:冷徹な科学の立場から見ると、脳虚血に陥った脳細胞の軸索末端のシナプスから一気に大量の脳内麻薬を放出させた結果、快楽中枢が興奮し、側頭葉の興奮、側頭葉てんかん発作がおこり後頭葉が興奮し天国画像が映像化されたかもしれないが。奥さんが受けたメッセージは幻聴か?それとも、魂と魂の交流か?でも、僕はこの現象は脳内メカニズムでほとんど説明可能だと思うが、魂が独立しているかどうかはわからない。キュブラー・ロスは次のような症例を発表している。

”盲目の病人(多発性硬化症)がその臨死体験の最中に目が見えていて、ベッドサイド にいた主治医の先生の洋服の色や形を蘇生後、言い当てた”ことは有名な話であり、認識主体の魂が健全であることを示している証拠の一つであると思われる。

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