サイエンスライター柳澤桂子さんへの手紙、宇多田ヒカルさんへのメール


2000年9月11日 サイエンスライター柳澤桂子さんへの手紙、宇多田ヒカルさんへのメール

 

柳澤桂子様:

 

 前略:初めてお便りします。私は神経内科医ですが、柳澤さんの著書を数冊、読ませていただき、いくつか気づいたことがありましたので、思い切って、手紙を送らせていただきます。

 

 僕の受け持ち患者(多発性硬化症で、両下肢のしびれが強い)が、柳澤さんが服用されている薬の名前を私に示したのです。抗うつ剤と抗てんかん剤が書かれていましたが、その患者には、すでにリボトリールとトフラニールが投与されていました。その時に、NHKテレビの番組を思いだし、柳澤さんのことに興味を持ちました。神経内科領域では、薬剤抵抗性の痛みやしびれに対して、通常、上記の組み合わせで使うのは、15年以上前から常識になっています。なお、さらにアモキサンを併用することは今まで試みたことはありませんが。

 

 ところで、私は宇多田ヒカルのファンで、下記のような内容をメールで送りました。

 

宇多田ヒカル様:

 

 縁あって、栗本慎一郎教授(衆議院議員(注:前))の脳卒中闘病記の医学監修を行うことになりました。出版の際には、東芝EMI経由でヒカルちゃんに寄贈したいと思っています。

 ところで、栗本教授から質問があり、サイエンスライターの柳澤桂子さんの病気について、誤診についてどう思うかについて教えてほしいとのことで、早速手元にある彼女の本を調べました。読まれたことはないでしょうか?実は昨日、書店で何げなく購入したのが、彼女の『二重らせんの私』(ハヤカワ文庫:日本エッセイストクラブ賞受賞)だったのです。また、2月末に、『認められぬ病 現代医療への根源的問い』(中公文庫)を購入しました。

 

 前おきが長くなりましたが、柳澤桂子さんはコロンビア大学の大学院を修了していることを知りました。コロンビア大学はヒカルちゃんの家から近いので、何度も行っていると思いますが、柳澤さんのコロンビア大学に関する記載を引用してみます。

 

「コロンビア大学は街中の大学であるから、キャンパスはそれほど広くない。日本の大きな大学とおなじ程度の広さである。1754年に創立されたアメリカ東部の名門大学で、アイヴィー・リーグ、八校のうちの一つである。アイヴィー・リーグの大学はいずれも社会的評価や学問的水準が高い。一流企業の役員もアイヴィー・リーグの出身者が多いことから、エリート養成機関的な色彩が強いといわれている。文科系の学部も理科系の学部ももつ総合大学で、多くのノーベル賞受賞者を含む優秀な人材を世に送り出してきた。映画「いちご白書」の舞台にもなった大学である。」

 

「法学部の図書館は小高い所にあり、入り口まで幅50メートルほどの階段が数十段ある。その中程には一対の大きな噴水がいつも豊かな水を噴きあげている。噴水の少し上、右手に「アルマ・マター」と呼ばれる女神の大きなブロンズ像がある。女神は頭に月桂冠を置き、両手を挙げて腰掛けている。膝には大きな本が広げられ、衣服の裾は波打つように足元を覆っている。鼻筋の通ったいかにも知的な顔立ちが美しい。」

 

「アルマ・マターは高い台座の上に坐って、足元は衣服で覆われているが、その衣服の裾を深くのぞき込むと、一羽の大きなフクロウが隠されていることを友人が教えてくれた。アルマ・マターとおなじブロンズのフクロウである。フクロウは英知を象徴する。この像を作った人の粋なユーモアが楽しかった。それから私はしばしば、アルマ・マターのスカートをのぞいてフクロウにも会うのを楽しみにした。」

 

 ヒカルちゃんは、このアルマ・マターとスカートの中のフクロウのことをご存じでしたか?もし、ご存じでなかったら、是非見学して下さい。

  

 上記のメール内容を、宇多田ヒカルファンのHPの掲示板に掲載したところ、アメリカ

在住で、コロンビア大学卒の日本人から、下記のような書き込みがありました。

 

2000/4/11 Tsutomu@USA

 

 Regarding the excerpt on Columbia Univ. below, there is an erroneous explanation on "Hougakubu no Toshokan". In fact, it is called as "LOW LIBRARY", no "LAW LIBRARY" in front of which there is a famous "Alma Mater" Statue. I believe the library was named after Mr. Low whom I do not know. Having said that, I, myself, thought that was "LAW" Library in the beginning.(The actual Law School Library is located on Amsterdam Ave. and 116th St.) Sorry for very local topic which is not directly related to Hikki.

Regards.

 

 それで、コロンビア大学のHPを検索したところ、下記のような記載がありました。

 

17.Low Memorial Library is the center piece of the Morningside campus. Designed by the renowned architectural firm of McKim, Mead & White, Low opened its doors in 1898 as the campus library. Low Library is now home to the Visitors Center and is the administrative nerve center of the University. To see a real time view of the Low Library steps, visit the Center for new Media Teaching and Learning web cam.

18.Low Plaza, the 19. College Walk and the South Lawn ensemble are three of the great urban spaces in America, and are very popular gathering spaces for students to socialize, read or just relax between classes.

 

 法学部の図書館ではなく、Low 図書館のようです。

http://www.columbia.edu/cu/newrec/2423/tmpl/story.4.html

http://www.cs.duke.edu/~schak/NYTrip/Day0/ (Low Library, Alma Mater

 

 なお、私が医学監修した、『脳にマラカスの雨が降る』(光文社)を謹呈いたします。恥ずかしいことですが、多数の誤字があり、また、記載内容にいくつも間違いがあります。私が説明した項目の半分しか採用してくれなかったことと、編集者がリライトしてしまっていたのです。栗本氏が衆議院選挙に出馬されたので、出版時期を急いだので、校正の回数が2回しかなかったこと、しかも、図を送ってくれなかったためです。実は、説明項目は16カ所あったのですが、締め切りが、依頼が来た日から1週間後だったので、かなりあせりました。栗本氏の闘病記は非常に面白いというか、優れたものだと思いますが、思った程、売れていないようです。医学監修が無名の私だったのが、いけなかったのかもしれません。監修者が養老孟司先生なら、もっと評判になったかもしれません。

 

 柳澤さんの病気の件ですが、著書『ふたたびの生』(草思社)では、Cyclic Vomiting Syndromeという小児科領域の病名ではないかとのことですが、 問題点は感覚・運動麻痺も来していることが、この症候群と合致しません。

http://www.emedicine.com/ped/topic2910.htm

http://www.emedicine.com/ped/topic2910.htm

 

   数カ月前に福井医科大学の第二内科症例検討会で、嘔吐を発作的に起こす中年女性の症例が発表されました。その時のレジメを同封しました。その患者の病気は、遺伝子診断により、tRNA3243adenineからguanineに変わった点突然変異であるMELASというミトコンドリア脳筋症でした。最近、注目されている病気に、MNGIE(mitochondrial neurogastrointestinal ecephalomyopathy)があります。MNGIEは非常にまれなミトコンドリア病で、1。末梢神経障害、2。外眼筋麻痺、3。胃腸運動異常、4。筋生検上のミトコンドリア異常が見られます。常染色体劣性遺伝です。消化器症状として、嘔気、嘔吐、下痢が最も見られ、多くは偽腸閉塞を示し、胃・小腸の蠕動運動の低下を認めます。 柳澤さんの病気は、もしかしたら、MNGIEかもしれません。

 

 平野(1994)らの論文のTable を見ていただきますと、26例のMNGIE患者の初発症状は胃腸症状が67%です。胃腸症状として運動異常100%、下痢100%(下痢はありませんでしたか?)、偽腸閉塞92%、吐気・嘔吐91%、です。神経症状として、外眼筋麻痺85%、眼瞼下垂65%(写真を見ると、この所見はないようですので、違うかもしれませんが)、末梢神経障害100%(感覚・運動障害は末梢神経性、または脊髄性のどちらだったのでしょうか?)、四肢の脱力95%、難聴61%、やせ100%、家族歴53%、近親婚20%、筋電図での神経原性変化82%、乳酸アシドーシス64%、ミトコンドリア呼吸鎖異常77%、MRI白質ジストロフィ89%などです。

 

 去年、MNGIEの欠失遺伝子が判明しました。下記の論文には、著者のメールアドレスがあるので、相談されたら、いかがでしょうか。見当違いかもしれませんが、鑑別すべき疾患だと思います。関連論文を同封しました。ご参考まで。

 

Nishino I, Spinazzola A, Hirano M: Thymidine phosphorylase gene mutations in MNGIE, a

human mitochondrial disorder. Science 283: 689-692, 1999(コロンビア大学の神経内科医である日本人による論文です)

 

  ミトコンドリア神経胃腸脳筋症(MNGIE)は、多様な神経性あるいは筋肉性の 異常を伴う遺伝性の病気である。MNGIEの患者は複数のミトコンドリアDNA を欠失しているが、この病気はメンデル法則に従って遺伝継承される結果、 核内遺伝子の欠陥によるものである。Nishinoたちは、欠失遺伝子は TP(チミジンホスホリラーゼ)であり、染色体22q 13.32-qter上に局在するチミジンホスホリラーゼ(TP)を特徴づける遺伝子にホモ接合性、あるいは、化合物ヘテロ接合性変異があることがこの病気と関連することを発見した。この発見によってミトコンドリアDNA複製の核制御に関する新しい知見が得られるであろうし、ミトコンドリア性の病気に関する治療が可能になるであろう。(インターネットから引用)

 

1. Thymidine phosphorylase gene mutations in MNGIE, a human mitochondrial disorder. 

     Nishino I et al:   Science 1999  283:5402 689-92

2. Mitochondrial neurogastrointestinal encephalomyopathy syndrome maps to  chromosome

  22q13.32-qter.

    Hirano M et al:    Am J Hum Genet 1998  63: 526-33

3. Partial depletion and multiple deletions of muscle mtDNA in familial MNGIE  syndrome.

    Papadimitriou A et al.    Neurology 1998   51: 1086-92

4. [Mitochondrial neurogastrointestinal encephalomyopathy presenting with  protein-losing

 gastroenteropathy and serum copper deficiency: a case report]

      Hamano H et al.    Rinsho Shinkeigaku 1997  37: 917-22

5. e** Mitochondrial neurogastrointestinal encephalomyopathy (MNGIE): clinical, biochemical,

   and genetic features of an autosomal recessive mitochondrial disorder.

    Hirano M et al .   Neurology 1994  44: 721-7

 

 なお、神経内科領域で再発性の急性腹症を来す代表的な非外科的疾患には、下記の疾患がありますが、除外されていると思いますが。

 

# 急性間欠性ポルフィリン症(acute intermittent porphyria: AIP) 

 1. 常染色体優性遺伝、青壮年期に発症

 2. 臨床症状:

  1。腹部症状;腹痛、便秘、嘔吐、急性腹症様(セロトニンの増加)

  2。神経症状;弛緩性麻痺、しびれ、ぴりぴり感を伴った末梢神経障害

  3。精神症状;興奮、錯乱、幻覚、痙攣、過換気症候群(蓄積するALAGABA

 構造が類似―GABA(抑制性神経伝達物質)受容体で拮抗し、GABAの作用を障害。

 トリプトファンピロラーゼの活性低下―トリプトファンの増加―セロトニンの増加)  3. 誘因:薬剤;バルビタール、精神安定剤、経口避妊薬、手術、感染症、アルコール

 ストレス(肝臓のチトクローム酵素の誘導―ヘムの需要が増加―律速酵素であるALA合 成酵素が活性化)

 4. 治療:ブドウ糖の投与(血糖値の上昇が肝臓のALA合成酵素を抑制し、ALAPBGの増加を抑制。ヘムの投与

 

 長々と書いて、失礼いたしました。

 

ドクター乱夢

PS:この手紙に対して、丁重な返書が送られてきた。彼女は現在も病床の身でありながら、

素晴らしい作品を世に出している。ミトコンドリア神経胃腸脳筋症(MNGIE)でも、なさそうである。Cyclic Vomiting Syndromeもミトコンドリア異常が注目されているようである。

広告

marugametorao について

神経内科専門医 neurologist
カテゴリー: 神経学 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中