立花隆、私の東大論、教養、愛知万博


 

かなり以前に違う掲示板(Brain Valleyの謎:神経内科医の独り言;閉鎖されている)で取り上げた立花隆氏の論文を取り上げ、コメントする。

 

私の東大論IV:東大生諸君、これが教養である(1998年文藝春秋6月号)

 

「マスとしての東大法学部卒は教養がない。これは私の生活体験からきた動かしがたい実感である」と立花氏は述べているが、聖路加国際病院理事長の日野原重明氏も、「21世紀への提言、 我が国の医療をどう導くべきか」で次のように述べている。

 

「今、日本で問題になっているのは、お医者さんに教養がない。塾で試験勉強ばかりして医学部に入って6年やりますから、本当に片輪になっている。動機づけはない。学校に入るための勉強で、医者になるための勉強ではない。日本では高校を出てから2年の進学コースで──今は進学コースと言わないで6年一貫になっていますが、もとは教養をやりましたが、だれも勉強しないから、今はやめて専門をはじめに持ってくる。だから、今の医学生は教養はほとんどない」

 

毎年、医学の分野では新しい発見があり、医学部で学ぶ知識も莫大な量となっている。基礎医学の内容もかなり難しくなってきていている。読書の習慣が幼い時に養われていなかった医学生は医学関係以外の本は読まなくなってきたのだろう。

 

立花氏はさらに次のように述べている。

 

「つまり、一銭の得にもならないが、自分の世界認識のあり方に大きく影響することについて、とことん熱中して議論ができる人間ということだ。」

 

自分の場合を振りかえると、大学入学時に興味を持って読んでいた本は、バートランド・ラッセル、エーリック・フロム、フランクルなどの哲学者や精神科医の本だった。でも、こんな本を読んでいる医学生はいなかったし、議論できる相手もいなかった。孤独に思索する習慣が身についてしまった。

 

立花氏は哲学教育の不在を指摘したが、哲学の講義は高校では倫理社会で行われている。この科目は選択科目なので、講義をとらない学生もいるのだろう。ギリシア哲学は好きだったが、カントの哲学はあまりにも抽象的で理解できなかった。

 

「私はかねがね、日本の中高等教育に決定的に欠けているのは、哲学の教育だと思っている。」

 

立花氏は哲学について、さらにその意義に述べている。

 

「哲学的な思索というのは、正解がない問題について、深く考えることである。大事なのは、知識を積み上げることではなく、自分自身で推論を組立てそれを表現していく能力だ。正解がある問題にばかり取り組まされ、正解を頭に詰め込んだ優等生が勝者となる日本の中高等教育とは、根本的に教育方針が違うのである。」

 

立花氏が次のように述べている教養人は極端に少ないのではないかと思う。僕の身近にはいないのではないかと思う。

 

「知を獲得することも大事だが、本当に大事なのは獲得された知識ではなく、知の獲得過程で醸成された知的、道徳的な人格である。そういう人格の持ち主が教養人といわれるのである。」

 

立花氏の述べている外国のトップエリートたちの教養の広さと深さはたいしたものだろう。彼らのエリート教育は小さい時から行われているのだろう。ところで、皇室の雅子様は外交官として、トップエリートだったし、現在もそのお役目を充分果たされている。僕が雅子様のファンというのは、外見だけでなく、その教養人として卓越していて、日本の大事な友好外交に多大な貢献をされているからだ。立花氏は外国のエリートたちとつきあいする立場のトップエリートのことを次のように言及している。

 

「つまり東大法学部をとりまく環境のすべてが、教養なんてどうでもいいのである。国内にいるかぎり、それでも何も困らない。教養がないことで本当に困るのは、企業でも官庁でも、外国の本当のエリートたちと、深いつきあいをしなければならないトップエリートたちである。そういう人たちは、そのつきあいの中で、いやでも外国のエリートたちの教養の広さと深さ、エリート社会における教養の持つ重要性を日々に痛感しているはずである。」

 

西欧社会の社交界といわれるパーティの場がいかに大切であるかについて、立花氏は次のように述べている。

 

「西欧社会の文化が長年つちかってきた、文化としてのパーティは、全員参加型の生のドラマであり、洗練された会話や毒を隠しての会話に託して繰り広げられる知的格闘技戦でもあり、そこにおける振る舞い方ひとつで、その人の社会的評価が決まる社会的人間形成の真剣勝負の場である。」

 

僕がペンシルバニア大学に留学していた時に、研究のボスである教授の自宅に招待され、ホーム・パーティに参加したことがあった。アメリカ人はおしゃべりで、僕は聞き役の方が多かった。僕は自分の意見を述べるのではなく、もっぱら質問することが多かった。その方がしゃべらずにすむからだった。

 

高校での理科の学習履修率が低下してきている。医学部入学者で生物の知識は中学校レベルであることが問題となり、数年後に理科3科目履修が必須になるそうだ。僕が高校生の時、生物の教科書を見ていても、大学入試の生物の試験を解けそうになかった(実験の解釈が多かった)ので、僕は生物を選択しなかった。

 

「科学は、かつての、教養の一部門という位置づけから、すべての教養の基礎というべき枢要性を持った人間文化の中核になっている。それにもかかわらず、日本では、高校教育の中では科学教育がガタガタにされ、今や大学進学者のほとんどが、科学を総体的に学ばなくなってしまっている。かつては、だれでも理科三科目を学んだものだが、教育課程の改訂のたびに履修率がドンドン減り、いまや、物理の履修率は10%台に近づき、地学の履修率なんか、10%をはるかに切っているのである。」

 

PS:雅子様が、昨日、愛知万博を視察に来られた。僕は地元にいながら、まだ行っていない。先日、愛知医大のH教授と話したところ、4回行かれたとのこと、また、名大神経内科のH先生も10回見学に行かれたとのことで、僕もそのうちに見学に行きたい。ある外来患者は、17回行ってきたと、にこやかに話してくれた。どうも、リピーターが多いようだ。

 

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神経内科専門医 neurologist
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立花隆、私の東大論、教養、愛知万博 への1件のフィードバック

  1. Unknown より:

     「上昇気流なごや」の毎日新聞・磯野彰彦です。コメントとトラックバックをちょうだいし、ブログも読ませていただきました。話がずれるかもしれませんが、少し書かせてください。 私が卒業したのは武蔵中学・高校というところで、実は、同級生にもたくさんの医者がおり、それぞれ頑張っています。中学・高校6年間にどのようなことを教えられたかというと、ある数学の先生は、自分でガリ版刷りの教科書をつくって、ところどころに「ケムンパス」のイラストなどもあって、結局、私は数学では落ちこぼれましたが、当時、二十代だったその先生は自分の下宿にしょっちゅう教え子を招いて意、いろいろ相談に乗ってくれました。その後、その先生は教頭になりました。日本史の先生は、教科書を一切使わず、「おれは左翼教師だ」と宣言し、近代日本のことを中心に授業をしていました。試験になると、「教科書の何ページから何ページまでを範囲とする」とだけ通告して、わたしたちは、そのページを丸暗記して試験に臨みました。政治経済社会の先生は、「君たちはどう生きるか」とか、哲学関係の本たくさん授業で紹介し、また、世界史の先生は生徒にあるテーマを設定させて、授業で発表させるということを繰り返していました。 思い出なので余計に美化してしまうのかもしれませんが、私はいい学校だったと思っているし、それが、立花隆さんが言われる「教養」だとはおそれ多くて言えませんが、幅広いものの見方が身についたように思います。 受験勉強の指導はあまりしてくれませんでしたが、そんなことは自分でやればいいことで、それよりも、武蔵には三大理想というのがあって「東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物」「世界に雄飛するにたえる人物」「自ら調べ自ら考える力ある人物」も三つなのですが、この三番目を繰り返し繰り返し叩き込まれ、これは今の私をかたちづくり大きな要素になったと思います。 すみません、母校自慢など誰も読みたくありませんね。大変失礼しました。海陽学園にはそういう学校になってもらいたいと漠然と考えたりしています。

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