医原病としての低燐血症―高カロリー輸液と制酸剤による


                             医原病としての低燐血症―高カロリー輸液と制酸剤による

1970年後半、大学院生だったころ、燐酸塩を含まない高カロリー輸液(IVH)と制酸剤投与により誘発された燐欠乏症による多彩な神経症状を呈した1例を経験した.

患者は放射線治療後に発症した出血性びらん性胃炎に対し,絶食,通常輸液,制酸剤(maalox)投与が行われた.10日後から、高カロリー輸液を始めた。その2週後から、流動食が開始された。その4日後から、全身倦怠感,舌,口周囲の異常知覚が出現,数日の間に傾眠,四肢の異常感覚,脱力,対光反射消失,構音障害,深部反射消失,下肢の振動覚消失,排尿障害などの多彩な神経症状が出現した.患者が僕の親戚だったので、大学院生にもかかわらず、診察依頼が来た。

血清無機燐は0.4 mg/dl(正常値:2.5-4.5、神経症状の出る5日前)と低値を示し、髄液無機燐低下,髄液蛋白細胞解離,神経伝導速度の低下がみられた.当時は高カロリー輸液が商品化される前で、医師が高カロリー輸液の中身を調合していた。なんと、燐酸塩を輸液に入れていなかったことが判明した。燐酸塩の非経口的投与により神経症状は1カ月後にほぼ正常化した.

低燐血症の病態

IVHによる低燐血症が誘発される機序:

燐の補給のない大量の glucose 負荷により細胞内へ燐が移動し消費される.

本例では IVH と共に短期問ではあるが,制酸剤を使用していたことにより,その水酸化アルミニウムゲルが腸管内で燐と結合して,その吸収を阻害することの2つの要因が重なりあい,燐欠之をおこし低燐血症を招来したものと推定された.

低燐血症の神経症状発現機序

Travisら,Lichtmanら:

赤血球解糖系の抑制が低燐血症時にみられる。gIyceraldehyde-3 phosphate dehydrogenase stepでの障害の結果,2,3-diphospho-glyceric acid(2,3-DPG)やATPの産生の低下がみられた.

2,3-DPG の低下はヘモグロビンと酸素の親和性を増加させ,末梢組織での酸素の遊離が障害され, 燐を補給すると, この障害が改善される.

低燐血症の中枢神経系,末梢神経系,筋肉の代謝障害は2,3-DPGの低下による hypoxia ないしATPの利用障害によると推定されている.

 

低燐血症の神経症状

1)意識:清明の場合もあるが,傾眠,昏睡。大発作のてんかんを示す症例もあり.

2)脳神経:外転神経麻痺,眼瞼下垂,瞳孔異常(左右不同,対光反射の消失,Argyll-Robertson pupil,口周囲の異常感覚、そしゃく困難、眼輪筋力の低下、鼻声、胸鎖乳突筋力の低下,構音障害など。(呼吸麻痺や呼吸異常)

3)運動系:高度の筋力低下が存在することが多い.四肢の twitchや筋痛がまれにあり.バリズム,アテトーゼ,上肢の振戦のなどの不随意運動、協同運動障害,失調症.

4)感覚系:三又神経領域とくに口周囲と手足の先端の異常感覚が多く,急速に全身に拡がっていく.深部覚も障害される.

5) 深部腱反射:ほぼ全例において低下, 消失.

6)Lasegue徴候:1例にのみ陽性.

7)括約筋障害:排尿障害はまれ.

低燐血症による神経症状は、知覚運動系障害,深部反射の消失、呼吸筋麻痺、髄液の蛋白細胞解離などが見られるため、Guillan-Barre syndrome(GBS)との鑑別が必要となる.実際,数例において,その診断の下に副腎皮質ホルモンの投与や呼吸困難に対して気管切開が施行されていた.

GBSと低燐血症による神経症状との鑑別点

1)低燐血症の存在の有無,1mg/dl以下で神経症状を呈することが多い

2)IVH の施行,制酸剤の投与の有無

3)低燐血症の神経症状の特徴として,感覚障害が口周囲,手足の先端の異常感覚から始まり,比較的急速に全身へ拡がっていくことや意識レベルの低下や球麻痺症状を示すことであり,しかも燐酸塩の補給により短期間に神経症状が急速に改善する。

4)本症例のように髄液の無機燐も血清と同様に測定しておく方が良い.

神経症状を呈した低燐血症の血清無機燐値:

0.1〜1.1mg/dl.

髄液検査施行例:7例中4例に蛋白が63〜78mg/dl 軽度上昇、蛋白細胞解離.

自験例:髄液蛋白 110mg/dlと中等度に上昇,蛋白細胞解離.

筋電図:4例中2例ではMCVの低下,治療後軽快.

脳波:Boelenesらの症例では high voltage rhythmic delta wave の出現.自験例では diffuse slow activity  が対称性にみられた.

治療: IVH を中止,IVH のカロリーを減少,制酸剤の中止,燐酸塩を補給.自験例では制酸剤と IVH は続行し,第二燐酸カリウムの補給が行なわれた.全般けいれんに対して、抗てんかん剤が無効のことがあるので注意が必要.呼吸異常に対して燐酸塩のすみやかな補給により肺活量が2倍になった症例も報告されている.

予後:低燐血症に起因すると推定されるけいれん,昏睡による死亡例が1例あるが,全般的には適切な治療により神経症状は完全ないしほぼ完全に治癒している.

結論: 高カロリー輸液,制酸剤による低燐血症は予防可能で、神経症状が発現後も適切な治療により回復可能であるので、この病気を見逃さないことが大切である.

(追記:この症例報告は日本神経学会の学会誌に投稿し、受理された。

高カロリー輸液,制酸剤投与中に発生した燐欠乏による神経障害の一例一燐欠乏症における神経障害の文献的考察一 臨床神経,20:195-200,1980)

文献:

1)高木昭夫,高須俊明ら:高カロリー輸液に伴った急性知覚運動麻痺一低燐血症の症候群一,神経内科,5:241,1976.

2)飯田喜俊,白井大禄ら:低P血症の臨床一とくに制酸剤による低P血症の病態について一,日本臨床,36:3487,1978.

PS: 低燐血症による神経症状であるとすぐに診断できたのは、上記の文献をその患者を診察する数ヶ月前に読んでいたためであった。現在は、診断が困難な症例は、PubMedで文献検索をしている。最近、同様の症例が報告があり、驚いた。

また、低燐血症は、過換気症候群(呼吸性アルカローシスを呈する)でも見られるが、過換気症候群の神経症状(口、手足のしびれ、脱力など)は低燐血症による神経症状とかなり類似している。

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神経内科専門医 neurologist
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