ジャンヌ・ダルク、ミラ・ジョヴォヴィッチ


                                   ジャンヌ・ダルク

リュック・ベッソン監督の映画、『ジャンヌ・ダルク』を鑑賞した。彼の映画作品には、『フィフス・エレメント』がある。後者の作品はSFだったが、僕の好みの作品で非常に面白かった。その映画に出たミラ・ジョヴォヴィッチがジャンヌを演じていた。弱冠17歳でフランス軍を指揮し、オルレアンの戦いで奇跡的な勝利をおさめたが、19歳で火あぶりの刑でこの世を去ったジャンヌ・ダルク。ジャンヌについての知識はほとんどなかったが、この映画を見て、ジャンヌの苦悩を理解することができた。迫力のある映画であったが、ジャンヌの内面がこれほど克明に映像で描かれたのは初めてではないだろうか。

ジャンヌが神がかりになってしまった背景には、次のようなおぞましい体験があった。フランスは14世紀からイギリスとのいわゆる百年戦争を行っていた。イギリス軍が、ジャンヌが住んでいたロレーヌ地方のドンレミに侵攻した。ジャンヌは食料戸棚の裏に隠れていたが、ジャンヌの姉がその戸棚の前でイギリス軍兵士により殺され、犯されるという衝撃的な体験をしてしまった。これ以後、ジャンヌは変貌して、神と一体になるべく、教会の聖杯のワインを飲み干し、激しい女に変身していった。神の啓示を受けたと解釈した聖処女ジャンヌは、シャルル7世に面会した後、軍隊を引き連れ、勇猛果敢にイギリス軍に戦いを挑んでいった。

ところで幼い時の牧歌的な自然の映像はとても美しく描かれていたが、逆に戦争の場面はリアルで激しく描かれていた。オルレアンの劇的な戦闘で奇跡的な勝利をおさめたが、ジャンヌはその後に見たフランス軍兵士の屍を見て、ショックを受けてしまった。腕がちぎれ、首が飛び、烏が内臓を食らっていた。これが、ジャンヌが求めた現実だったのか、神がこの現実を許したのか。その後の戦いで、一人でイギリス軍の前に進み、神の命を伝え、戦わずにイギリスへ戻ることを訴えた。敵軍兵士はジャンヌを討つのではなく、反対方向へ去っていった。このシーンは感動的であったが、イギリスの上層部はジャンヌを捕らえて、絶対火あぶりの刑にしろとの命令が下った。

シャルル7世が王位についてから、ジャンヌを見限ってしまった。後の戦いで、ジャンヌは敵方に捕らわれてしまった。教会での異端裁判でのジャンヌの態度も史実にそれに基づいているが、慄然としてしまうほどの内容だった。最初、処女であるかのチェックが厳正に行われた。ジャンヌの真摯な激しい性格は魅力的だった。

この映画は戦いのリアルさを十分に堪能できるが、ジャンヌの個人的な内面も暴露した秀作であり、映画史に永遠に残る作品だ。ジャンヌが幻視し、対話する男はイエス・キリストのようであり、またそうでもなく彼女自身の守護霊なのかもしれない。ダスティ・ホフマン演じるジャンヌの良心と解説には書かれている存在が、神の奇跡の徴(サイン)の意味の解釈について、ジャンヌに率直で厳しい質問をあびせた。ジャンヌは無惨に殺害された姉に対する復讐したいという自分の思いをとげたかったために徴を求めたのではないかと質問された。処刑前夜にジャンヌは、その存在に自分の罪を認め、懺悔した。そして神の許しが与えられた。

「汝の罪を許す。父と子と聖霊の御名において、アーメン」

敵軍に捕らえられ、敵軍の罠にはめられ、魔女として火あぶりの刑に処せられた。

1919年にバチカンはジャンヌを聖者として認定した。

cf.ジャンヌ・ダルク(フィリップ・セギ、ソニー・マガジンズ)

ナポレオンがジャンヌを国民的英雄という賛美の言葉を記してから、人気を博するようになったそうだ。

ジャンヌの処刑裁判記録は現存している。高山一彦氏の解説:

「「啓示とは少女が捏造したもの」とする教会に判断に従わず、啓示が真実であることを主張し続けたジャンヌが、恐るべき異端であることを天下に弾劾したはずの裁判所のこの記録は、皮肉にも後世の作家や詩人たちの少女に対する強い関心を引き起こすことになった。異端宣告=火刑という恐怖にさらされながら、時には数十名の陪席の聖職者に囲まれても健気に答える少女の態度は、これを読む者を感動させずにはおかないであろう」

バチカンが認定した奇跡の一つとして、ファチマの奇跡があり、映画にもなっている。ファチマの第3の秘密が有名で、これに関して何冊も本が書かれている。第3次世界大戦を予言しているという話だが、1980年代はこの可能性はまだあったが、ソ連が崩壊した段階でアメリカ合衆国だけがスーパーパワーになり、その可能性は消滅した。ユーゴの紛争が世界大戦につながるかもしれないと思えたが、ロシアの力は相当弱っていた。日本ではオウム真理教が自作自演のハルマゲドンを起こすべく、着々と準備していたが、その実行直前の半年前に地下鉄サリン事件を起こし、崩壊していった。オウムはロシアや北朝鮮とつながっていた。特にロシアとのつながりは不気味だったが、証拠は火事により消滅した。

http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=159314 (ジャンヌ・ダルク)

http://blog.with2.net/link.php/36571(ブログランキングをよろしくお願いします)

 

 

広告

marugametorao について

神経内科専門医 neurologist
カテゴリー: 映画 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中