死者と生者の仲良し時間


                   「死者と生者の仲良し時間」

 

「仲良し時間」とは、鈴木秀子著の「死にゆく者からの言葉」(文芸春秋社 1700円)に出てくる言葉である。「死者と生者の仲良し時間」(文芸春秋社1333円)を購入した。後者の本の中に「けんちゃんからの贈り物」という文章が書かれている。

 

6歳:白血病。母親の友人がお見舞にきて、『死にゆく者からの言葉』という本を渡された。母:「読んでいるうちに涙が止まらなくなり徹夜して読み上げた時、不思議な力で他人への不信感が払われ、人への信頼感が深まり、自分が変わったと強く感じ、心の底から温かさがあふれてきました。人とのつながりというものを確信をもって感じ初め、3人のお医者さんに、この本を読んでもらいたいとの強い希望を持ちました。しかし、一方でこういう題名の本が、科学万能主義かもしれない医師たちに、どう受け取られるかという懸念もありました。それぞれの先生にこの本を読んで下さいと手渡すことができました。でも、どの先生も、その本については言及することはなく、やっぱり読んでくださらなかったのかとちょっとがっかりした気持ちでした

 

けんちゃんの遺体は夜の八時ごろ家に帰っていました。だれも訪問する人はなかったのですが、10時すぎに3人のお医者さんがお悔やみに訪れました。眠っているように横たわるけんちゃんのそばに、3人の先生たちは黙って座ったまま、けんちゃんに焦点をあわせて見つめていました。

 

終電車の時間じゃないかしらと思った途端、まるでそれを察したかのように、一番若い先生が口を開いてしゃべり始めたのです。

 

「僕とけんちゃんは仲良し時間を持ったんですよ」

 

「仲良し時間」とは、鈴木秀子著の「死にゆく者からの言葉」に出てくる言葉です。死期の近づいた病人が、その死の直前、急に元気を取り戻して、あたかも回復したように思われることがあります。その間、病人はさりげないかたちで、言い残したり、したいと思ったことを成し遂げたりするのです。世を去るにあたっての準備の時間、和解し、愛を分かち合う時間、そうした死の前のひとときは、一部の医療関係者の間で、「仲良し時間」と呼ばれています。

 

亡くなる2週間前の出来事でしたが、けんちゃんは、にがい薬を水で流し込んでいたところでした。「「けんちゃん、先生、のど渇いているんだ」という言葉が、何気なくふと口をついて出ました。けんちゃんは、水のまだいっぱい入ったコップを差し出し、無邪気そのものの顔で、「先生、これ飲めば」といったんです。その時、けんちゃんに必要なのは、そのコップの水でした。けんちゃんはそれを僕にくれようとしたんです」

 

午前1時をまわっても、先生たちは帰りませんでした。そこは、死者の家というより、心と心が交わる温かい場所になっていました。

 

二人目の先生も仲良し時間を持ったと話し始めました。「けんちゃんが亡くなる1週間前のことでしたが、お尻に太い注射をして、「痛いよ、痛いよ」とけんちゃんが訴えるので、僕は思わず「ごめん、ごめん」といったんですね」

 

けんちゃんは、笑顔を僕の方に向けて、無邪気で素直な声でこういったんです。

 

「いいよ、先生、許してあげるよ」

 

「それを聞いた瞬間、僕は全世界から許されたような気がしました、僕のいままでの人生の中でおかした過ちや愚かさや悲惨な罪でさえ、すべて許されたおもいでした。」

 

「そうだ。僕はこの世に生きていることを許されているんだ。自分の存在が許されるということが、どんなに大きな価値をもつことかまざまざとわかったのです」

 

母親は「この先生も、けんちゃんが言ったことを文字通りに受けとめてくれたんだ。そして、けんちゃんを一人の病人としてではなく、一人の人間として最後まで付き合ってくれたんだ」

 

明け方近くに一番年輩の先生がふっと口を開きました。亡くなる前日の午後でした。けんちゃんに慰めや励ましの言葉は出ず、自分でも予期しないのに、「けんちゃん、先生疲れているんだ」と言ってしまった。けんちゃんは大きな目を見開きましたが、両目に光が差し込むのがありありと感じられました。息がもう尽きそうなけんちゃんが、必死で体をずらして、長い時間をかけ、ついにベッドの上端にたどりついて、両足と両腕を曲げ、小さく丸まっていました。けんちゃんのあえいでいた息が静まると、にっこり笑って、大きな目で広く空いたベッドを指し示して、「先生、ここに寝れば」とけんちゃんは声をかけました。

 

けんちゃんを失った悲しみは深いものでしたが、その夫婦は、3人の先生に見守られながら、この世での使命を果たし終えた息子が、天に帰ったという、不思議な慰めも感じていたのでした。そうした慰めに気づくと、子供を失ったことよりも、自分たちにけんちゃんという子供が、6年間も与えられたことへの有り難さが、急に二人の心にわき起こったのでした。

 

「一人息子をなくして悲しいし、寂しいけど、もっと深いところで、感謝と喜びを感じています。人生は長さだけでは計れないものですね。けんちゃんは、親である私たちに、人間として一番素晴らしい贈り物をしてくれたと思うのです。最高の親孝行息子でした」

 

上記の話はNHKラジオの深夜便という番組で、寝ながら聞いていたが、涙が出てくる程のいい話だった。教授は死にゆく患者との心の交流を実践されている方だが、次のような話もされていた。亡くなる直前の患者に、今何をしたいと思うかと尋ねると、次のような返事がほとんどであった。

 

1。家に帰りたい。

 

2。ごはんを食べたい。

 

3。一度でいいから、大地を歩きたい。

 

4。喧嘩別れした人と和解したい。

 

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