産婦人科医師の逮捕に対する抗議(日本医学会長)、産婦人科部長の過労死による自殺


産婦人科医師の逮捕に対する抗議(日本医学会長)、産婦人科部長の過労死による自殺

 

産婦人科医師の不当逮捕、起訴に対する抗議、声明文が日本医学会長により出されているが、マスコミの報道はほとんどなかった。下記に引用する。もうすぐ、裁判が始まるそうだが、是非無罪を勝ち取ってほしい。産科医療の崩壊に拍車をかけた誤認逮捕であり、医学医療の歴史に残る事件として記録されるであろう。なお、医師専用掲示板における、この不当逮捕に対する閲覧件数が160万を超えているのは驚異的であり、前代未聞のことである。

 

平成18126

声明文

日本医学会長

高久 史麿

 

本年2,大野病院産婦人科医師が業務上過失致死と医師法第21条違反で逮捕されたことにつきまして,すでに多くの関連団体・学会から声明文・抗議文が提出されたことはご存じの方が多いと思います.

事例は前置胎盤と術中に判明した予測困難な癒着胎盤が重なった事例であったと報告されています.この事例は担当医が懸命な努力をしたにもかかわらず医師不足や輸血用血液確保の困難性と地域における医療体制の不備が不幸な結果をもたらした不可抗力的事例であり,日本における医療の歪みの現れといわざるを得ません.地方や僻地では一人の医師が 24時間365日体制で過酷な労働条件の中で日本の医療を支えています.過酷な医療環境の中で地域の医療に満身の努力をされ,患者側からも信望の厚かったといわれる医師が ,このような不可抗力的事故で業務上過失致死として逮捕されたことは誠に遺憾であります.むしろ過酷な環境を放置し,体制整備に努力しなかった行政当局こそ,その非を問わなければならないでしょう.不可抗力ともいえる本事例で結果責任だけをもって犯罪行為として医療に介入することは決して好ましいと思いません.

本事例は業務上過失致死のみならず医師法第21条違反にも問われております.この第21条は明治時代の医師法をほぼそのまま踏襲しており,犯罪の発見と公安の維持が目的で あったといわれています.異状死の定義については平成6年の日本法医学会の異状死ガイドライン発表以来数多くの学会で論争が続いている問題であります.日本法医学会の「過 失の有無に係わらず異状死として警察に届け出る」については,昨年9月にスタートした厚生労働省の医師法第21条の改正も視野に入れた「医療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」を含め,本件逮捕以降,政府・厚生労働省・日本医師会・各学会等関連団体で検討に入ったばかりであり,異状死の定義も定かでなくコンセンサスの得られていない 医師法第21条を根拠に逮捕することは,その妥当性に問題があるといわざるを得ません.過失の有無にかかわらず届け出なければ届出義務違反で逮捕される.届け出たら重大な 医療過誤が疑われ,業務上過失致死罪に問われる.医師は八方塞がりであります.純然たる過失のない不可抗力であっても,たまたま重篤な合併症や死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは必要な医療を提供できず,大きな国家的・国民的喪失となります.消極的・防御的医療にならざるを得ず,このような逮捕は萎縮医療を促進させ,医療の平等性 ・公平性のみならず医療・医学の発展そのものを阻害します.若い医師は事故の多い診療科の医師になることを敬遠しており,ますます医師は偏在することになります.

日本医学会は異状死の問題に関する委員会でこの問題を検討しますが,今回,大野病院産婦人科医師の公判が近々に始まることを契機として以下の学会から同様の要望が出ていま すので,これらの要望をまとめる形で日本医学会から声明を発します.

 

 

日本整形外科学会

日本周産期・新生児医学会

日本消化器外科学会

日本超音波医学会

日本小児神経学会

 

また、河北新報に「お産SOS」の特集記事が掲載されている。悲しいかな、産婦人科部長が過労死自殺をしていたのである。

 

以下に記事を引用する。

 

(上)崩壊の瀬戸際/減る産科医 忙殺の連鎖

 「安心して産みたい」。妊産婦の叫びが聞こえる。東北各地で産婦人科を閉じる病院が相次ぐ。出生数がわずかながらも上向き、少子化にかすかな明かりが差す一方で、肝心の産む場が地域の中でなくなっている。「お産過疎」の進行は、全国的にも東北が特に深刻だ。医師不足、過酷な勤務、訴訟リスク…。産科医療を取り巻く厳しさは、都市も郡部も、大病院も開業医も変わりはない。さまよう妊産婦、悪条件の中で踏ん張る医師。東北に交錯する「SOS」の発信地をたどり、窮状打開の道を探る。(「お産SOS」取材班)

 

 「5日と2時間」。通知書類には直前の9カ月半に取ったわずかな休日数が記されていた。

 東北の公立病院に勤めていた産婦人科医。2004年、過労死の認定を受けた。亡くなったのは01年暮れ。自ら命を絶った。53歳だった。「僕が地域のお産を支えているんだよ」。家族に誇らしげに語っていた。

 亡くなる半年前、医師5人だった産婦人科で1人が辞めた。後任は見つからない。帰宅は連日、夜の10時すぎ。昼食のおにぎりに手を付けられない日が増えた。

 床に就いても電話が鳴る。「急変した。診てもらえないか」。地元の開業医や近隣の病院からだった。「患者さんのためだから」。嫌な顔一つせず、職場へ舞い戻った。

 心身の負担は限界に達しつつあった。ようやく取った遅い夏休み。1人の患者が亡くなった。「自分がいたら、助けられたかもしれない」。食は細り、笑顔も消えた。

 「つらいなら、辞めてもいいよ」。見かねた妻が言った。「自分しかできない手術がずっと先まで入っている」。そんな責任感の強い医師が死の前日、同僚に漏らした。

 「もう頑張れない」

 家族あてとは別に、「市民の皆様へ」という遺書もあった。お別れの言葉をしたためていた。「仕事が大好きで、仕事に生きた人だった。そんな人が頑張りきれないところまで追いつめられた」。妻は先立った夫の心中をこう思いやる。

 

 本年度、東北の6大学医学部・医大で産婦人科医局の新人はたった8人。東北大と弘前大は1人もいない。学生が産婦人科医になりたがらない。

 この10年で全国の医師は約4万人増えた。それなのに、産婦人科医は約900人減った。24時間、365日の激務。母子2人の命を守るプレッシャーがのしかかる。

 出産をめぐるトラブルや訴訟の多さも、なり手をためらわせる。

 06年2月には福島県立大野病院(大熊町)の医師が、帝王切開手術で妊婦を失血死させたとして逮捕された。医師1人体制で、年間約200件の出産を扱っていた。

 会津若松市の病院で働く産婦人科医曽我賢次さん(57)は言う。「限られた体制で命を救おうとした医師が結果を問われ、刑事罰まで受けるのでは、産科のなり手は減るばかりだ」

 10年前から、曽我さんはお産の扱いをやめた。今は内科と婦人科で働く。きっかけは後輩の突然死。「熱心で優秀な医師だった。夜中に呼び出され、病院へ向かおうとして倒れたと聞いた。やりがいだけで長く続けられる仕事ではない」。大学の同期5人のうち3人は内科などに移った。

 

 鉄の街として栄えた釜石市。04年、釜石市民病院はお産をやめた。隣の遠野市の岩手県立遠野病院は5年前から休診中。分娩(ぶんべん)を扱う開業医はいない。

 地域でお産ができるのは県立釜石病院だけ。「1時間以上かけ、市外から山道を越えてくる妊婦さんも多い」。産婦人科の医師小笠原敏浩さん(46)は言う。

 04年春、医師は1人から2人になった。もっと忙しくなった。それ以上に患者が殺到したからだ。入院患者は以前に比べて倍増した。出産は本年度、約500件に達する見通し。2人が手術に掛かりきりのとき、診察室は空っぽになる。

 分娩の数を制限すれば楽にはなるが、「行き場を失う人は出したくない」と小笠原さん。「産婦人科は大変なだけじゃない。面白さを若手に伝えるのも、僕の使命」

 生命の誕生に立ち会う喜びと誇り。重圧と真正面から向き合う医師たちが今、瀬戸際で踏みとどまっている。(2007/01/14

 

http://blog.kahoku.co.jp/osansos/2007/01/post_3.html (河北新報)

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追伸:ますます産科が崩壊してきている!

 

「産婦人科医引き揚げ 総合磐城共立病院 (マイタウンasahi.comより引用)

20070121

 周産期医療の拠点の一つ、いわき市立総合磐城共立病院=同市内郷御厩町=から、東北大学医学部が3月いっぱいで産婦人科医を引き揚げる方向であることが、20日分かった。県立医大は、代わりの医師確保に向けて準備を始めたが、産婦人科の勤務医数そのものが減っていることから、同市では産婦人科医不足がさらに深刻化しそうだ。

 東北大学医学部の岡村州博教授(周産期医学分野)は「人事を調整中なのでノーコメント」としているが、宮城県内の病院や同大での医師不足が背景にあるようだ。

 磐城共立病院は、県内に5カ所ある「地域周産期母子医療センター」の一つ。産婦人科医は03年春まで、嘱託3人を含む6人がいたが、開業などで4人に減り、昨年4月からは東北大が派遣している3人だけになった。

 市によると、同病院では、こうした事態を受け、診療の一部を規制し始めた。同病院が受け入れるのは、手術などを伴う妊婦に限ると開業医に通知した。しかし、規制しても、年間約600件の分娩数は横ばいのままで、今年3月末、派遣組の1人がやめることになり、「2人体制では、とてもやっていけない」と残る医師の引き揚げを決めた模様だ。

 県立医大の産婦人科講座では昨年12月、東北大やいわき市から連絡を受け、かわりの産婦人科医の確保へ動き出した。同医大の佐藤章教授は「若手には福島に残ってもらえるよう直接お願いをしたり、県立医大から新しくベテランを派遣したりして、少なくとも医師3人体制は維持したい」とする。地域内の別の病院で勤務する産婦人科医に移ってもらうことなども念頭に現在、市や関係先と調整中だ。

 市保健所によると、市内の出生数はこの数年3千人前後。他県などからの「里帰り出産」を含めると、年間で3700人程度が市内で出産しているという。

 一方、市内では、一昨年に呉羽総合病院=同市錦町=の産婦人科が休診となり、昨年8月には福島労災病院=同市内郷綴町=の産婦人科も休診した。市内の総合病院で産婦人科があるのは、松村総合病院と磐城共立の2院となっている。

 市では昨年末、市医師会や市病院協議会、市立病院幹部ら18人で構成する「地域医療協議会」を立ち上げ、医師確保策などの協議を始めた。公立と民間、勤務医と開業医といった枠組みを取り払い、新しい協力関係を築くことを狙っている。」

http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000000701210003

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