ミャンマーへの無償援助を一時凍結せよ!


      ミャンマーへの無償援助を一時凍結せよ!

 

 長井賢司さんが流れ弾ではなく、殺戮目的で至近距離からの銃撃で殺害された映像を見て、憤りを感じた。ミャンマーの軍事政権が長きにわたって、民主主義国家を願うビルマ人たちの希望を打ち砕いてきた。1990年には総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー女史率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したが、政権移譲が行われなかった。

 

 ミャンマーという言葉は聞きなれない言葉であるが、昔はビルマと呼ばれていた。「ビルマの竪琴」という小説、映画で、ぼくの脳裏に印象的に残っている。水島上等兵が戦死した日本人兵士を弔うために仏教徒となり、現地に残留した。小学6年生のころ、尾鷲小学校の担任であった芝田先生が教室で「ビルマの竪琴」朗読してくれたが、戦争の悲惨さを教えてくれた。

 

 日本政府はミャンマーに無償援助を行っているが、一時凍結の政策を行い、軍事政権に圧力をかけるべきである。 

 

資料:

外務省:ミャンマー

内政

11988年、全国的な民主化要求デモにより26年間続いた社会主義政権が崩壊したが、国軍がデモを鎮圧するとともに国家法秩序回復評議会(SLORC)を組織し政権を掌握した(1997年、SLORC は国家平和開発評議会(SPDC)に改組)。

 

21990年には総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー女史率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝したものの、政府は民政移管のためには堅固な憲法が必要であるとして政権移譲を行わなかった。

 総選挙以降、現在に至るまで、政府側がスー・チー女史に自宅軟禁措置を課す一方で、同女史は政府を激しく非難するなど、両者の対立が続いてきた。20035月には、スー・チー女史は政府当局に拘束され、同年9月以降、3回目の自宅軟禁下に置かれている。

 

JICA経費実績ベース)

1)有償資金協力 0

2)無償資金協力 17.17億円

3)技術協力 16.41億円

2.主要援助国(2004年、支出純額ベース)

1)日本 (2)英国 (3)豪州 (4)ノルウェー (5)米国

3.経済協力の方針

 2003530日にスー・チー女史がミャンマー政府によって拘束されて以降の状況に鑑み、新規案件の実施を見合わせている。但し、緊急性が高く、人道的な案件等については、個別に慎重に吟味した上で、順次実施することとしている。

 

Sankei Webより引用:

ミャンマーの反政府デモを武力で圧殺しようとする軍事政権への国際的圧力の源泉は、国外で運動を続ける亡命市民のパワーであり、彼らの最大の武器はインターネットだ。日本人の映像ジャーナリスト、長井健司さん(50)が射殺される瞬間の衝撃映像を世界に流したのも、ノルウェーに本部をおく組織だった。軍事政権に自制を求めるため、国連のガンバリ事務総長特別顧問(事務次長)が29日、首都ネピドー入りする状況下、亡命市民らの懸命の情報発信が続いている。

 

世界に伝える母国の真実

 【ロンドン=木村正人】長井さんが射殺される衝撃の映像をインターネットで報じたオスロの「ビルマ民主の声」衛星テレビ放送局の編集者、ムー・イー氏(42)は29日、電話取材に応じ、「ヤンゴンでは今も学生らの抗議行動が続いている。治安部隊は発砲こそしていないが、警棒をふるう弾圧を続けている」と話した。ほかの3都市でも僧侶らのデモが続いているという。

 

 「ミャンマー国内で何が起きているのかを、ミャンマーの人々に伝えるのがわれわれの使命だ」とも付け加えた。

 

 ロンドン郊外で亡命生活を送る国民民主連盟(NLD)英国支部幹部、スーリア・テイザ氏(32)は、仲間と主宰するウェブサイトで母国の弾圧状況や困窮ぶりを時々刻々伝えている。インターネットや携帯電話の電子メールで、母国の厳しい検閲をくぐり抜けて送られてくる生々しい情報や写真だ。

 

 「これ以上の弾圧をやめさせ、軍政を倒すには、これら命がけで発信された真実を世界に伝えるしかない。軍事クーデターの1988年にはなかった通信手段が、今は私たちの手にある」

 

 テイザ氏はヤンゴンにある医科大学の学生だった96年、軍政に対する抗議行動に参加、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんが率いる最大野党、NLDに加わった。

 

 しかし03年、約100人のNLDメンバーが治安部隊に虐殺される事件が起き、身の危険を覚えたテイザ氏は偽造パスポートを入手してロンドンに逃れた。

 

 翌04年、母国の状況を電子メールで発信し始めた。「ビルマ(ミャンマーの旧国名)・ダイジェスト」と名付けた。その後ウェブサイトに衣替えし、母国で活動する見ず知らずの若者らから写真や情報の提供が相次ぐようになった。

 

 軍事独裁下にある母国からの情報発信は困難を極める。「国境なき記者団」(本部・パリ)などによると、ミャンマーでは国営接続業者が2つあるだけで、インターネットを利用できるのは30万人足らず。全人口の1%にも満たない。

 

 治安当局は電子メールのアドレス保有者(2万5000人=05年)に厳しい目を光らせる。テイザ氏の話では、ヤフーやグーグルなど大手検索サイトも治安当局によって監視され、政治的なブログは自動的に排除、ファクスの所有にも免許制度が課せられている。

 

 検閲システムをくぐり抜けて送られてくる情報を一つとして無駄にはしないと亡命市民らは思う。

 

 NLD英国支部のウィン・ナイン議長(60)は「ヤンゴンで平和的デモに参加した約200人が射殺されたとタイ経由で伝わってきた。われわれ亡命ミャンマー人が発信しないと、母国の民主化は進まない」と口調を強めた。

 

世界に散らばる亡命市民の組織

 

 ミャンマーの民主化を訴える亡命市民らのネットワークは世界中に広がっている。

 

 「ビルマ民主の声」(DVB)は1988年の民主化要求デモに参加した元学生らが91年に結成し、92年にラジオ短波放送、2005年に衛星テレビ放送をはじめ、ミャンマー国内に民主化情報を伝えている。同様の情報はインターネットでも流す。

 

 タイに本部を置き、日米英など世界7カ国に事務所を構える本格的な反軍政組織「ビルマ連邦国民評議会」(NCUB)日本事務所のマウン・ミンニョウ代表(59)によると、DVBやNCUBはこうした映像を現地の記者やタイで訓練して現地に送り込んだメンバーに撮影させ、インターネットを厳しく規制している軍政が摘発できない特別なソフトウエアを使って、外国の拠点にネット送信させている。

 

 軍事政権の最高意思決定機関である国家平和発展評議会(SPDC)のタン・シュエ議長の娘の豪華絢爛(けんらん)な結婚披露宴が投稿動画サイト「ユーチューブ」を通じて流出し国民の恨みを買ったが、この映像もDVBの衛星テレビでミャンマー国内に伝えられた。

 

 軍政当局は反軍政活動を取り締まることに懸命で、長井さんの射殺シーンを撮影した場所も、すでに捜索したという。

 

 DVBと密接な関係を持つNCUBはタイに逃れた少数民族組織やNLD急進派、反政府武装勢力のカレン民族同盟(KNU)などにより92年に結成された。反軍政勢力が90年に樹立した「ビルマ連邦国民連合政府」の議会の役割を果たす。NCUBの組織を支える国外在住のミャンマー人は数百万人に及ぶとしており、各国への拠点の拡大を図っている。(岩田智雄)

 

(2007/09/29 21:01)

 

中日新聞WEBより引用:

ミャンマー 国際圧力で流血止めよ

2007928

 反軍事政権のデモ隊から死者まで出たミャンマー。日本人も巻き添えになった。非暴力の行動への軍の武力弾圧は断じて許されない。即刻やめさせるため、国連などは対応を急がなくてはならない。

 発端は軍政が先月半ば、ガソリンなど燃料価格を抜き打ちで二-五倍に引き上げたことだ。

 国民の困窮を察した若手僧侶らは悪政をただすとして地方で抗議を始め、僧侶の一部が軍から暴行を受けたのをきっかけに旧首都のヤンゴンなど全国にデモが広がった。

 仏教はミャンマーの精神的な支柱で、男たちは青年時の数カ月から一年、仏門に入る。還俗(げんぞく)すれば普通の生活に戻るのが通常で、反軍政デモを続けたのも黄土色の僧衣を着た普通の若者たちにほかならない。

 これに一般民衆が加わり、十万人規模の行進が各地で繰り広げられてきた。経済も統制され、自由のない密告社会で、精いっぱいの平和的な抗議行動だった。

 銃を携えての軍の制圧は死傷者が出るに至って、まず人道の観点から国連の強い懸念表明となった。米国やフランスはミャンマーへの経済制裁強化などを明らかにした。国連安全保障理事会では制裁決議も検討され始めた。

 軍政側の独善と暴力を制止できる有力な対抗勢力が国内に見当たらない以上、国際社会が代わって軍政に圧力をかけるしかなかろう。

 これまでミャンマーでの権益を狙う中国は内政不干渉の原則を盾に軍政を擁護してきた。しかし目の前で僧侶らが死傷し僧院から僧侶が大量拘束される緊急事態である。中国にも共同歩調を強く求めるべきだ。

 ミャンマーへの最大援助国を自負してきた日本だが、政権交代とも重なってか反応は鈍い。人権外交の列に加わらなくてはならない。

 流血を止めた後の課題は、ミャンマー国内の対話復活である。国際社会はこの点も十分に見据えた対応に努めたい。

 社会主義独裁が崩壊した一九八八年の反政府デモを思い起こす人も多かろう。

 この時は千人以上の市民の命が奪われた。当時の市民の側はデモの明確な目標や将来展望に欠けたため、犠牲を払ったあと、軍に政権を奪われて今日に至ったという苦い歴史がある。

 国際社会はさしあたって流血を止める軍政への圧力を強める一方で、民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんの自宅軟禁解除も軍政に強く求め、国民融和の対話を促すべきである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%81%AE%E7%AB%AA%E7%90%B4 (ビルマの竪琴)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/myanmar/data.html (外務省)

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