宇多田ヒカルと藤圭子―嵐の女神 藤圭子は双極性障害だったのか?

 

宇多田ヒカルと藤圭子―嵐の女神 藤圭子は双極性障害だったのか?

大学生時代に活躍していた藤圭子が投身自殺をした。娘の宇多田ヒカルがようやく母親と対面した。どのような経緯でこのようになったかが不思議であったが、彼女の公式HPのコメントと父親のコメントを読んで納得した。

藤圭子は精神病を患っていたのだ。不可解な行動を説明するものとして、双極性障害(躁うつ病)が一番考えられる疾患である。

ギャンブルにお金をつぎ込む、時間に関係なく、急に元気な声で電話をかけてくる、ときに暴力的になるなど、躁状態の症状である。躁状態の極期には妄想、幻聴などがおこるそうである。本人は治療を拒否していたそうだが、信頼できる精神科医に見せるべきであった。残念なことである。ヒカルちゃんも後悔しているようである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8C%E6%A5%B5%E6%80%A7%E9%9A%9C%E5%AE%B3

鑑別疾患:

統合失調症 : 双極性障害の躁・うつ状態の極期には幻聴・妄想を伴うことがあり、横断面の症状だけでは鑑別がつきにくい。混合期においてはさらに鑑別が難しく、やはり病歴の聴取の必要性がある。近年、光トポグラフィーを用いた最先端医療の分野では、うつ病、統合失調症、双極性障害を科学的に判断と区別が行える診断方法が用いられるようになったが、まだ実施機関は少ない。なお、光トポグラフィーは独立した診断装置として確立した検査ではなく、鑑別診断の補助という役割に限定されている。

ところで、宇多田ヒカルのデビュー当時から数年間は熱狂的なファンで、ファンの掲示板によく投稿していて、幼いファンたちに掲示板荒らしと言われたこともあった。ヒカチュークイズを作成したことがあり、興味ある方は下記のリンクを見てください。

また、川端康成が藤圭子のファンだったのは間違いない事実だ。ヒカチュークイズから引用する。

https://marugametorao.wordpress.com/2005/05/18/%E5%AE%87%E5%A4%9A%E7%94%B0%E3%83%92%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%BA%EF%BC%9A%E3%83%92%E3%82%AB%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E5%BA%A6%E5%88%A4%E5%AE%9A/

 

問題15母親の藤圭子さんが歌手としてデビュー後に、目をかけてもらっていた有名作家はだれか?

1。三島由紀夫、2。筒井康隆、3。川端康成

問題15: 3(難問ですね。川端康成が藤圭子さんのファンであったことを、NHKラジオ深夜便で『川端康成と女たち』という生誕100年記念座談会である文芸評論家が言及していました。『天授の子』(川端康成:新潮文庫)の年譜より引用:「昭和四年(1929年)三十歳、日本最初のレビュー劇場として旗あげしたカジノ・フォーリーの文芸部員島村龍三(黒田義三郎)を訪ね、踊り子たちと知るようになる。多量の取材ノートを取って、十二月から第二作目の新聞小説「浅草紅団」を連載したが、(後略)」この「浅草紅団」に登場する女性が川端氏の創作した女性でしたが、デビュー当時の藤圭子さんに非常に似ていたため、川端氏が彼女の熱烈なファンになり、ゴシップになっていたそうです)

 

参考コメント:

http://www.emimusic.jp/hikki/from_hikki/

08.26(MON) 11:50   8月22日の朝

8月22日の朝、私の母は自ら命を絶ちました。

様々な憶測が飛び交っているようなので、少しここでお話をさせてください。

彼女はとても長い間、精神の病に苦しめられていました。その性質上、本人の意志で治療を受けることは非常に難しく、家族としてどうしたらいいのか、何が彼女のために一番良いのか、ずっと悩んでいました。

幼い頃から、母の病気が進行していくのを見ていました。症状の悪化とともに、家族も含め人間に対する不信感は増す一方で、現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました。私はただ翻弄されるばかりで、何も出来ませんでした。

母が長年の苦しみから解放されたことを願う反面、彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです。

誤解されることの多い彼女でしたが… とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。

 

母の娘であることを誇りに思います。彼女に出会えたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

 

沢山の暖かいお言葉を頂き、多くの人に支えられていることを実感しています。ありがとうございました。

25年8月26日

宇多田ヒカル

 

ご報告と謝辞

この度の故宇多田純子、投身自殺に於きましては、各方面の関係者の皆様、歌手藤圭子の大勢のファンの皆様、そして宇多田ヒカルのファンの皆様に多大なご心配と世間をお騒がせしていることに対して、所属事務所代表として、また25年間連れ添った元夫として心からお詫びを申し上げます。また、宇多田ヒカル並びに僕に対して沢山の心の籠った暖かいお言葉、お悔みをいただいたことに対しては、この場を借りて感謝の意を表明させていただきます。

 

通夜、葬儀に関しては、故人の遺言書に書かれていた本人の強い意志に従い、執り行わないことにしました。

出会った頃から彼女には感情の不安定さが見受けられましたが、心を病んでいるというよりも、類い稀な「気まぐれ」な人としか受け止めていませんでした。僕にとっては十分に対応出来る範囲と捉えていました。

 

この感情の変化がより著しくなり始めたのは宇多田光が5歳くらいのことです。自分の母親、故竹山澄子氏、に対しても、攻撃的な発言や行動が見られるようになり、光と僕もいつの間にか彼女にとって攻撃の対象となっていきました。しかし、感情の変化が頻繁なので、数分後にはいつも、「ゴメン、また迷惑かけちゃったね。」と自分から反省する日々が長い間続きました。とても辛そうな時が多く見られるようなった際には、病院で診察を受け、適切な治療を受けるよう勧めたことも多々ありましたが、このアドバイスは逆に、僕に対する不信感を抱かせることとなってしまいました。結果、本人が拒絶し続けた治療が成されないまま、彼女の苦しみは年を追うごとに重症化したものと思われます。

 

直近の12年間は、好きな旅に思い立ったら出かけるという生活を送っていました。アメリカは一回の入国で最長5年間の滞在許可がもらえるビザを取得し、ニューヨークを拠点に、ヨーロッパ各国、米国各地、オーストラリアなどを気の向くまま、頻繁に旅していました。

 

そのような環境の中、光と僕には昼夜を問わず、予期せぬ時間に電話連絡が入り、「元気?」という普通の会話が交わされる時もあれば心当たりのない理由で罵声を浴びせられる時もあり、相変わらず心の不安定さを感じさせられてとても気がかりでした。

 

最後に僕が純子と会話をしたのは今年の8月14日でした。純子からでした。この時は珍しく明るい口調で、元気そうな純子の声でした。約8分間、世間話を含め、お願いごとを何件か受け、了承し電話を切りました。その8日後の自殺となってしまいました。

 

純子として覚悟の上での投身自殺だったのか、衝動的に飛び降りてしまったのか、今となっては知りようがありません。最終的に僕から救いの手を差し伸べられなかった悔しさ、大切な人間を失った悲しさでいっぱいです。

これまで宇多田純子を、藤圭子を愛情を持って見守ってくださった方々全員に、本人に代わり、心から感謝いたします。ありがとうございました。

 

純子と過ごした日々は僕の記憶にはっきりと刻まれています。

 

平成25年8月26日

 

 

 

宇多田照實

 

追加のコメント:

先日、テレビを見ていたら、宇多田ヒカルが母親を題材にした歌があることを知った。下記のブログで、その歌詞の解釈を試みているブロガーがいた。

 

《嵐の女神》

 

まず最初に、『嵐の女神』は宇多田ヒカルの母、藤圭子への素直な想いを歌ったものだと結論づけておきます。

『嵐の女神 あなたには敵わない』

嵐の女神は母、藤圭子です。僕はぜんぜん世代じゃないので分からないのですが、僕の母曰く「確かに嵐の女神だ」らしいです。

 

『心の隙間を 埋めてくれるものを

探して何度も 遠回りしたよ』

心の隙間………親の愛、ですかね。両親が離婚したのは成人してからなので、それほどの大ダメージだったとは考えにくいです。

そうではなく、音楽活動へ情熱を注ぎ込んでいた母とのすれ違い、ではないでしょうか。

『遠回り』というのは、隙間を埋めてくれるものは親の愛でしかないのに、他の何かで埋めようとしたということです。『何度も遠回り』なので、それは失敗しているんです。

逆を言えば、今は遠回りせずに親の愛を直接得たいと思ってるってことかな。

 

『たくさんの愛を 受けて育ったこと

 

どうして僕らは 忘れてしまうの』

 

そのまま解釈すると前述と矛盾しますが。

実際はたくさん愛されたんだと気づいたということ? それとも親だけでなく色んな人の愛?この前のNHKの番組でも「自分がたくさんの人に支えられてきたのに気がついた」と言っていたので、そういうことだと思います。

あと『僕ら』となっているので、聴き手にもメッセージとして放っています。後の歌詞の『どうして私は』と対照になってます。

『嵐の後の風はあなたの香り』

 

これはそのままの意味でいいのかな? ”嵐”と”あなた”つまり母はイコールなので、そのままでいいでしょう。

 

 

『嵐の通り道歩いて帰ろう

 

忙しき世界の片隅』

 

母の通った道を歩いて帰る………。宇多田を今の音楽家の世界に連れてきたのはお母さんなので、その道を戻る。『歩いて』だからゆっくり。つまり帰るのは原点。音楽家になる前に戻り、新しく自分を始める「人間活動」に入る、という意味に取れます。

 

『忙しき世界の片隅』は、文字どおりにも取れます。嵐の通った後の世界は忙しくその片付けに奮闘してるけど、そこを歩いてるのは確かにそんな忙しさから外れた、いわば世界の片隅ですね。

 

しかし、『忙しき世界』はこの世界で、『片隅』というのはそこから外れたゆったりした空間、つまり活動休止とも言えるかな。

 

 

『受け入れることが”愛”なら

 

“赦し”って何? きっと……

 

 

与えられるもの じゃなく与えるもの

 

どうして私は 待ってばかりいたんだろう(引用終了)

 

http://key4to2heart7.blog72.fc2.com/blog-entry-774.html

 

http://www.youtube.com/watch?v=BCvrmuaClGw

 

(嵐の女神;上記の歌詞に載っていない歌の続きが聞けます、何年も母親に会っていなかったヒカルちゃんの思い、せめて生きている間にもう一度会いたいとせつなく歌っています。ご冥福を祈ります。ヒカルちゃん、応援しています)

 

http://blog.with2.net/link.php/36571

 

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