Lyme病で見られる末梢神経障害


          Lyme病で見られる末梢神経障害

   Lyme病はマダニが媒介するスピロヘータであるBorrelia burgdorferiによる昆虫媒介感染症であり、季節的には5月から9月までの間に多く発症する。神経系の侵された場合は、Lyme neuroborreliosisとも呼ばれる。神経合併症の治療はペニシリンまたはceftriaxone を投与する。ペニシリン、セフェム系にアレルギーの患者は経口でtetracyclinを使用する。髄膜炎を呈さない顔面神経麻痺患者の治療としてamoxillin とdoxycyclineが有効である。

1. Lyme病の病因、疫学

 Lyme病は米国Conneticut州のLyme地方でLyme関節炎と呼ばれていたが、慢性遊走性紅斑(erythema chronicum migrans: ECM) を呈し、後に髄膜炎、脳神経障害、多発性末梢神経障害など呈することから、同一の病因によると思われ、Lyme病と呼ばれるようになった。マダニからスピロヘータの一種であるBorreliaが見い出され、Lyme病患者の血液と組織でも確認され、Borrelia burgdorferi (Bb)と命名された。

   媒介マダニはIxodes属で、アメリカではI. dammini, ヨーロッパではI.recinus、日本ではシュルツエマダニ I.persulcatusが報告されている。鹿にマダニが寄生していることが多い。日本では北海道から本州中部以北で患者が確認されている。シュルツエマダニは北方系のマダニで、本州中部以南では高山地帯に生息するためヒトとの接触機会が少なく、日本では感染の機会は少ないと考えられている。

2. 臨床症状

 Lyme病は感染数日〜数週後ECMを主徴とする第1期、その数週〜数ヵ月後に関節炎、神経症候、心症候を呈する第2期、リウマチ様関節炎、髄液異常を伴う神経症候を特徴とする第3期にわけられる。神経系の侵された場合は、Lyme neuroborreliosis (LNB)とも呼ばれる。第2期は脳底部のリンパ球性髄膜炎が主であると考えられている。脳症を伴うことも伴わないこともあり、髄膜炎、脳神経炎、根神経炎を呈する。リンパ球性髄膜炎は軽度の頭痛、吐気に加え髄膜刺激症状を示す。脳神経障害は通常顔面神経が最も侵されるが、通常完全麻痺であり、両側性のことが多い。脳底部髄膜炎の一亜型がBannwarth症候群で、乱切性の根性痛を起こし、脳神経麻痺を伴うことが多い。脳底部髄膜炎はスピロヘータの髄膜への直接侵入により起きるが、髄液のBb培養およびPCR陽性である。末梢神経障害は表1で示された症状を呈する。電気生理学検査でも病理学的検査にても多巣性の病変が証明されている。なおLyme病の病期による症状の特徴は表2に掲げてある。

3. 病態

  LNBにおける末梢神経障害の発症機序については完全には解明されていないが、以下のような機序が報告されている。Bbの直接的な障害、髄液や組織に浸潤する単核球による炎症性サイトカインと関連する間接的な障害の証拠がある。前者では Bbの中枢神経系への侵入は髄液培養やBb-DNAのPCR陽性反応により感染早期に見い出されている。後者では、単核球の末梢神経の血管への浸潤は末梢神経生検標本のよくある組織病理学的所見で、虚血性障害をおこし、軸索性の機能障害をおこしうる。(Garcia-Monaco 1995) また患者の髄液や血清のIL-6が増加が報告されており、病気の活動性の指標となると考えられている。局所でのサイトカインの放出が末梢神経の間接的な障害を起こしているかもしれない。  他には、自己免疫的機序も推定されており、ミエリンやミエリンの成分に対する抗体が報告されていて、髄液由来のT-cell cloneが髄鞘塩基性蛋白に反応することも報告されている。また神経軸索抗原とのBbのflagellinとの交差反応性が報告されている(分子相同性)。しかしこの抗原決定基が正常の神経系細胞に発現し、交差反応性の抗体が細胞障害をおこすかは不明である。患者の髄液、血清にterminal Gal(β1-3)GalNacをもつgangliosideに対するIgM,IgG抗体が検出されているが、病態的意義は不明である。免疫複合体や補体の関与も報告されている。(Maimone1997)末梢神経生検組織のBb-DNAのPCRにて、その局在が証明された。補体のMembrane Attack Complexが証明され、マクロファージがepineurium, endoneuriumに見いだされ、免疫学的機序が示唆された。動物モデルとしてrhesus monkeyの慢性感染実験があるが、軸索の消失、多様性の多巣性ニユーロパチーを呈しするが、脱髄はまれであったと報告された。早期病変としては、末梢性皮膚神経や末梢性神経幹に広範囲の強い血管周囲に炎症細胞浸潤が見られた。病理学的には多巣性の軸索変性と再生、血管周囲性の炎症細胞浸潤がたまに認められた。free spirocheteは証明されなかったが、抗Bb抗体に免疫染色陽性のマクロファージがみられたため、Bb持続感染による免疫機序が推定された。マクロファージがBbが潜在する細胞ではないかの推定もある。(England1997)

4. 診断

  NBLの確定診断には、1. Lyme病が発生する地域で該当するマダニに接触した可能性があること、2. 次のうち一つまたはそれ以上;a. ECM(疾病特有の症状)または組織病理学的に証明されたborreliaリンパ腫または肢端皮膚炎、b. Bbに対する曝露の免疫学的証拠(例. 血清検査陽性) c. Bbの存在の培養、組織学的またはPCRによる証拠、3. 他の可能性のある病因を除外後、次にあげる神経障害の一つまたはそれ以上の発生。脳神経炎または有痛性神経根炎を伴うかまたは伴わないリンパ球性髄膜炎、脳脊髄炎、末梢性神経障害、脳症。

 Lyme病の血清診断には、酵素抗体法(ELISA)、蛍光抗体法(IF)、ウエスタンブロット法(WB)などがある。特異性に関して梅毒やレプトスピラ症などのスピロヘータ感染やリケッチアやウイルス感染症との交差反応が報告されている。SLEやリウマチ性疾患でも疑陽性反応を示す。感染早期の患者や抗生物質で治療した患者では、抗体の産生が不十分で偽陰性と判定される場合があり一ヶ月後に再検する。PCR法は偽陰性が30〜50%あり、陰性であってもLNBを除外できるわけではない。

 

5. 治療

 神経合併症の治療は経静脈的にペニシリン2000万単位またはceftriaxone 2g/1日1回または1g1日2回、cefotaxime 6g/日の投与を行う。反応をみながら、2ー4週投与する。ペニシリン、セフェム系にアレルギーの患者は経口でtetracyclin(500mg/6hr、2週間)または経静脈的にchloramphenicol (250mg/8hr, 2週間)を使用する。doxycycline (200mg/日、2週間)が経静脈的ペニシリンと同等に有効であると報告された。髄膜炎の証拠のない孤立性の顔面神経麻痺患者では、amoxicillin (500mg/8hr、10ー21日)とdoxycycline (100mg/12hr, 10-21日)で充分である。ステロイド治療については原則的には使わない場合が多い。しかし強い炎症が、長期間改善しない、及び強力な経静脈的な抗生物質療法が無効の症例にのみステロイドの投与を制限している報告もある。

文献

1. England, J. D., Bohm, R. J., Roberts, E. D., & Philipp, M. T. (1997). Mononeuropathy multiplex in rhesus monkeys with chronic Lyme disease. Ann Neurol, 41, 375-84.

2. Halperin, J., Luft, B. J., Volkman, D. J., & Dattwyler, R. J. (1990). Lyme neuroborreliosis. Peripheral nervous system manifestations. Brain 113: 1207-1221, 1990.

3. Halperin, J. J., Little, B. W., Coyle, P. K., & Dattwyler, R. J. (1987). Lyme disease: cause of a treatable peripheral neuropathy. Neurology, 37, 1700-6.

4. Logigian, E. L., & Steere, A. C. (1992). Clinical and electrophysiologic findings in chronic neuropathy of Lyme disease. Neurology, 42, 303-11.

5. Garcia-Monaco, J.C. Benach JL. Lyme Neuroborreliosis. Ann Neurol 1995:37: 691-702.

6. 高橋昭、長谷川康博. Lyme病ーとくにその神経症候ー.35: 465-480, 1991.

7. Sigal LH. Current recomendations for the treatment of Lyme disease. Drugs 43: 683-699,1992.

8. Halperin JJ, Logigian EL, Finkel MF, Pearl RA. Practice parameters for the diagnosis of patients with the nervous system Lyme borreliosis (Lyme disease). Neurology 46: 619-627, 1996.

9. Brouwer OF. Neuroborreliosis: Bannwarth syndrome and Lyme disease. handbook of Clinical Neurology, Vol 7: 199-213, WB Matthews edit. Elsevier Science Publishers BV 1987.1010

10.Finkel MJ, Halperin JJ. Nervous system Lyme borreliosis-revisited. Arch Neurol 49: 102-107, 1992.

11. Sigal LH. Current recomendations for the treatment of Lyme disease. Drugs 43: 683-699, 1992.

12. Meier C, Grahmann F, Engelhardt A. Dumas M. Peripheral nerve disorders in Lyme-borreliosis.

Acta Neuropathol 79: 271-278, 1989.

13.Maimone DM, Villanova M et al. Detection of Borrelia burgdorferi DNA and complement membrane attack complex deposits in the sural nerve of a patient  with chronic polyneuropathy and tertiary Lyme disease. Muscle Nerve 20: 969-975, 1997.

表1 末梢神経障害の型

 1. 脳神経麻痺特に顔面神経

 2. 神経根障害

 3. 多発単神経障害

 4. 腕神経叢障害

 5. 腰仙椎神経叢障害

 6. びまん性多発神経障害

表2 Lyme病の病期による臨床徴候 

第1期(限局期):マダニ刺咬後、数日ー数週

    遊走性紅斑、局所リンパ節腫脹

第2期(拡散期):マダニ刺咬後、数週ー数ヵ月

    二次性環状紅斑、びまん性紅斑、じんましん

    関節、腱、筋肉等の移動性疼痛、関節炎

    髄膜炎、神経根炎、脳神経炎、脳炎、多発単神経炎

    房室ブロック、心筋炎、心膜炎

    結膜炎、肝炎、蛋白尿、顕微鏡的血尿

第3期(慢性期、または持続期):マダニ刺咬後、数ヵ月ー数年

    慢性関節炎、脳脊髄炎、軸索障害性多発神経根障害

    慢性萎縮性肢端皮膚炎、角膜炎

http://pharm.u-shizuoka-ken.ac.jp/lyme/lyme.html

http://www.forth.go.jp/mhlw/animal/page_i/i04-21.html

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec17/ch190/ch190l.html

http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsb/topics/LymeHP/Site/LymeQandA.html

 

marugametorao について

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